ヒカルの碁

□  地底湖の逆さ桜
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「だいたい<かの者>を目覚めさせる千年に一人の天才がオレなんて事あるわけねぇーじゃん!!
オレがそんなすごい奴なんて・・・ばあちゃんよりすごいってことだろ!?
オレ、ばあちゃんを出し抜いた事だって一度もないし、術のキレとか精密さとか全然だし!
持ってる力の大きさは時々褒められたけど、それでもあのばあちゃんだぞ!?
敵いっこねーってば!

しかも、<かの者>の封印の解き方誰も知らないのに、オレなら解けるって意味わかんねー!
オレだって何も知らないし、わかんねーのに!!」



ブツブツと一人で文句を言っているのは進藤ヒカル、8歳である。
彼は魔女ばかりの村の顔役たる現大魔女の孫にして後継者だ。


その師であり祖母である大魔女から、村のなりたち・謎の魔<かの者>・古の予言について教えられたのはつい先程のことである。
<かの者>を目覚めさせることができるのは千年に一人の天才、つまりヒカルだけなのだ、など本人にしてみれば晴天の霹靂もいいところだ。

呆然自失となっている間に中央の逆さの木の所まで行けばいいと言われて、ヒカルは言われたとおり向かっている。

ヒカルは、反論すらできなかった。

長年の修行生活のおかげで、祖母の命令は絶対だと条件反射にまでなっていたのだから。


それに釈然としないため、文句は休むことがなく紡がれている。
けれど、ヒカルの歩みは一向に止まったりはしないのだから、どうしようもない。






・・・そう、ヒカルは歩いている。逆さの木を目指して。

つまり地底湖の中央を目指して歩いている。


水の上を歩いているのだ。

自然と心を通わせることができる魔女ならではの術。

いや、ヒカルたち魔女にとって“これ”は術ですらない、ただの遊戯にも等しい。


もっとも、ヒカルの年齢でこのように長距離を歩むことができる者は少ない。

さすがは次期大魔女、それとも千に一つの才を持つ者とでも言うべきか。



ヒカルが足を進める度に、鏡のような水面に波紋が幾重にも広がり無限を刻む。
滅多に見ることができない光景に、ほうと感嘆の息を吐く。

その年はじめて降った処女雪に、自分一人だけ足跡を残すような微かな背徳感。

遠くでサラサラと水の湧き出る音が壁に反響して、まるで夢の中のように現実感がない。

自分の暮していたその下に、こんな空間が広がっていようとは思いもしなかった。



しかしヒカルは、はたと気付いた。
修行の時、周囲の自然と心を通わせるため地面の下にも意識を向けていたことがある。
その時には、こんな清浄な水や巨大な木の気配はまったくしなかった。


(―――…大魔女の結界…かな?)


<かの者>が眠っているこの場所を守るためなら、何を捨ててもいいと豪語した大魔女だ。
歴代の大魔女たちも史実を改竄するなどしているのだから、今更結界程度で驚くには足りないだろう。

とは言え、いくら祖母でもこれ程広大な土地を優秀な魔女たちから隠すような結界を永続的に張り続けられるわけがないのだが…


まぁ、とヒカルは思う。

いつかは教えてくれるだろうと――

ヒカルがその後を継いでいくのだから、と―――




 * *


後から思えば、なんて楽観的だったのかと後悔するとも知らずに……

 
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