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□瀬奈次郎様より
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 部室から出ようとして。
「はいちょっとストップー」
 引いたドアが頭の上から押し戻される。
「・・・何であっさり出ていくかな」
 ため息のように肩に落ちてくる声。
「マルコ、起きたの?」
 氷室は振り向かずに聞いた。
「起きてるねえ」
「じゃあお疲れさま」
 そっけなく氷室は出口をふさぐ円子の手を退けようとする。円子は苦笑して望む通りにした。
「せっかく2人きりになれる時を待ってたのに」
 だがそう言えば、氷室は止まる。
「・・・まだ少しは部活に顔を出すわ」
「少しは、だろ?」
「進路が一段落したらまた、ね」
「それでも毎日じゃない」
 氷室を振り向かせた円子は顎をつかみ顔を覗き込む。氷室は視線をそらすだけにとどめた。
「だからーもうちょっと俺との時間を持ってくれようとしてもいいんじゃないかねえ?っちゅう話」
 知らない仲でもないんだからさ。
 笑みを含ませて囁くと、予想どおりの鋭利な眼差しが円子を貫いた。

 円子だけが見てきた目で、円子だけを見てきた目だ。
 ぞくぞくする。

「その瞳が俺以外を映すなんて、この体が引き裂かれそうだ」
 揶揄を含まずに告げても、真っすぐなそれは変わらない。うれしくなって、円子は氷室のその目にキスをする。
「あ・・・もう」
 正しく言えば、寸前で氷室は目を閉じたので目蓋にキスをしたのだが。
「おいで」
 時間がないわけじゃないんだろ。
 そう言って氷室を再び部活の中に戻す。

「こっち」
 手をつないで、というより円子が一方的に氷室の手をつかんで部室の奥に移動する。円子は長椅子に座り、立ったままの氷室を見上げた。手はつながれたままだ。
「何?」
 首を傾げずに氷室が尋ねる。円子はぽんぽんと自分の隣を叩いた。
「まあちょっと座りなよ」
 さも嫌そうに体を引く氷室にまた苦笑する。ついでに手も剥がされてしまった。
「何も取って食いやしねえって」
「それ、貴男が言うと全然当てにならないのよ」
「違いない」
「簡単に認めないで」
「だってその通りだろ?」

 でも流れている空気は穏やかなので、氷室は円子の隣に座った。円子はうんうんと満足そうに笑う。
「で、こっち」
 自分の太ももをぽんぽんと叩く円子。
「何」
 今度はしっかりと首を傾げる氷室。
「まあいいから」
 円子は氷室の肩に手を回し、ぐぐぐ、と。
「マリア・・・抵抗すんなって」
「何・・・するのよ」
 きつそうな声と踏張る声。つまり倒そうとする円子と倒れまいと手で突っ張る氷室。
 ふうとため息。
 円子は氷室に黙ったまま実行することをあきらめる。

「膝枕」
「え?」
「だから、膝枕させて」
 きょとん、と氷室の力が抜ける。その隙に軽く押されて。
「あっ」
 ぼん、と氷室は長椅子の上に横たわることになった。

 耳を暖かい足が擦る。
 とんとんとんと、調子を取るようになだめるように氷室の腕を叩く大きな手のひら。






大好きな人






 氷室は起き上がろうとしなかった。部室内を真っ赤に染め上げ照らす夕日を切なく思った。
「今までありがとう」
 円子の平坦な声に氷室はうなづくだけだった。
「お疲れさま、マリア」
 氷室はまたうなづいた。答えられなかった。
 声を出す前から震えている喉を、見られなくてよかった、と思った。

 円子が冗舌ではなかったことに、隠されすぎて忘れられた2人の真実を、見いだせる気がした。





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