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□瀬奈次郎様より
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愛し、子に






 夜、大きな音を立てて信長が室に入ってくる。褥の傍で書き物をしていた濃姫は驚いたように見上げた。
「あら、今日は来るのが早いのね。誰のところですか?」
 信長は正直だ。側室のところで勤しむ時は濃姫に断りを入れる。今から仕込んでくる、と。それで濃姫が傷つくなど考えもしない。信長が1番心を分けているのは濃姫なのだと、言わなくても分かると思っている節がある。
 結局は、城で寝る時は濃姫のいる室を必ず訪れるということだ。

 濃姫は筆を置き首を傾けながら肩を揉んで解す。信長の方を向いた。
「ねえ、その前にあなたに・・・っ」
 信長は話を遮り、濃姫の手首を掴むと強引に褥に引きずり込んだ。
「ちょ・・・待・・・って!・・・お願、い・・・あなた!」
「待たぬ」
 そう今夜は待たないと決めてきた。信長は根気よく待った。共にいるだけで十分だと思う濃姫だからこそできたことだ。
 だがこうも連日共寝だけなのはきつい。欲しくてたまらない体が目の前にあるというのに。
「そんな・・・ぁ・・・っ、あ!・・・ん、・・・・・・信長っ!」

 細い声に気をよくして濃姫の体をくすぐっていた信長は、止まる。名を呼んだ声は明らかに拒否の色をしていた。

 濃姫との夜は共に楽しむから飽きないし長いのだ。どちらかの一方的な行為では他の女たちと同じになってしまう。それは明確に区別していた。
 決めてきたことではあったが、憮然として離れようとした信長はしかし、濃姫に首に抱きつかれて起き上がれない。
「・・・お濃?」
「行かないで、ください」
 室内の明かりが紅潮した濃姫の頬を照らす。はだけた胸が顎の下に続いている。速めに上下するそこ。
「最近あなたを拒んでいてごめんなさい。話したいことが、あるの」
 乱れた息を押さえながら濃姫は言う。
「・・・か」





 信長は話を聞くために離れようとしたが、やはり濃姫は抱きついたままだった。仕方がないのでそのまま抱き起こす。広めに組んだあぐらの中に濃姫を抱え込む。
 上目遣いに見上げてきた濃姫の目は心なしか潤んでいた。
「お濃・・・」
「信長」
 普段はあまり使わない名前を呼ぶことで熱を帯びた声を遮り、信長の手を掴む。
 信長は濃姫の好きにさせてやった。濃姫はそっと大きな手を自分の腹に持っていく。ぺたりと撫でさせるように手のひらをあてた。しばらくそこを見て、濃姫はまた信長を見上げる。
 あれだけの拒否だ。前戯を促しているわけではないことは分かっていたので、信長は静かに見ていた。

「ここに、いるの」
 濃姫もまた、静かだった。いくら神がかり的に頭の回転の早い信長でもあまりにも突然すぎて反応が鈍い。
 足りない言葉が重ねられる。
「あなたと私の子供が、ここにいるの」

 信長は、何を聞かされたとしても動じたことがない。実際少し後のことだが、桶狭間の戦いの前に今川が大軍で来るという報告を受けても、動じなかった。
 だが、確かに、濃姫がその言葉を発した瞬間から濃姫が次に呼びかけるまでの数秒、信長はフリーズした。
「あなた・・・?」
 目の前で手のひらをひらひら振る。焦点の合わない目をしていた信長がようやく濃姫を見る。視線で顔と腹を何度か往復して。

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