幻蝶の織り機
□◇銀河の夜に
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今なら分かる。
千さんが何故、私に煙草を渡したのかも、何を覚えていて欲しかったのかも…全て。
千さんは恐れていたのだ。
『死ぬ』事ではなく、『忘れられる』事を。
どんなに悲しい事であっても、それは一生続く事はない。
いつかは薄れ、思い出になる。
その思い出すら、永久ではない。死んでしまっては、新たな記憶を他者に紡ぐ事は出来ないから。
だから『私』に託した。
恐らく喫煙していた事を知っている唯一の存在で、この場所が無くならない限り、永久に生き続けるだろう『私』に。
『鍵さん、覚えててね…』
私は、愚かだ。
今更理解して何になる? 何故あの時、あの瞬間に、理解しなかったのか…。
いや、分からずとも何故「分かりました」と、返事をしなかったのか…。
もう…全て終わってしまったというのに…。
だから私は、時折屋根に登って煙を吐く。見よう見真似で道具を使って火を点けて。
あの時言えなかった返事を、胸に宿るこの思いを煙に乗せて、千さんに届くように…。
「本当に…愚かだ、私は」
初めから、こんな煙(もの)が届くはずない事は知っている。
それだけ遠くに、千さんはいってしまったのだから。
本当に初めから、こんな煙が届くはずない事は知っているのに、それでも私は…私は
「忘れませんよ、千さん…ずっとずっと…」
貴方を愛しています。
End
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