幻蝶の織り機
□◇銀河の夜に
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全てが、終わった。
いつもと同じ、『呪言花札の封印』。
多くの何も知らぬ者達は、変わりない日常を当たり前のように過ごし続け。知る者は、失った者の大きさを流れでる涙で理解する。
いつもと、同じだ。
何も変わりはしない。
なのに、この胸の中に宿った空虚な感情は一体何なのか。
執行者が正式な者ではなかった。
ただそれだけの違いしか、なかったというのに。
「千さん…七代千馗…」
名を口にしてそのひととなりを思い出す。
不思議な御仁だった。秘法眼を持っている為か、とても器の広い方だった。いや、千さんの心は「広い」などという言葉では言い表せきれない。まだ「底がない」と言った方が言い当てている気がする。
何故なら千さんは知っていたから。
その不思議な眼と深い許容と知識を持って、理解してしまっていた。
『鍵さん、覚えててね…』
己に課せられた、過酷な運命の行く末を。
なのに、それを無条件で受け入れ、最後まで笑っていたから。
また一つ、煙を飛ばして思い出す。
あれは秋の盛り。
春の洞を探索していた頃にあった、初めての二人きりの夜の事。
『おやおや、こんな夜中に煙草ですか?』
『こんばんは鍵さん。いい月夜だね』
いつの間に登ったのか、千さんは境内の屋根の上で煙を吐いていた。
『えぇ、お晩です。いやしかし驚きですね、お嬢が見たら発狂ものだ』
『あはは、それは困るなぁ。そんな頻繁には吸ってないから見逃して? 明日お揚げ持ってくるから、ね』
元より誰か―この場合、白殿か鈴くらいだが―に言いふらす気などなかった。
いくら封札師と言えど、まだ子ども。この状況下で何の不安もなくいられる訳がない。それを和らげる為に草を吹かすくらい、許されても良いだろう。
『それなら仕方ありませんね。黙っておきましょう』
だがここは敢えて乗ってやるのが筋だ。お揚げはもちろん魅力的だが、そうしてあげた方が恐らくこの子どもも気が楽になる筈だ。
『ありがとう鍵さん』
私の考えが当たっていたのか、千さんは笑みを浮かべて煙草を口につけた。