幻蝶の織り機
□◇銀河の夜に
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ふぅ…と吹き出される煙は私の持つ草とは違って、ツンと鼻を刺激する清涼感がある。頭が冴えるような香りだ。
嫌いではないが好みでもないその香りを消すように、私は自分の煙管に火を点けた。
二つの煙が暗い夜空に舞う。
ゆらり、ふわりと広がって、交わるか交わらないかで宙に溶けて、
『ねぇ、鍵さん…本来の執行者は朝子先生?』
消えていくのを見る事が出来なかった。
『その反応からして正解? じゃぁ花札の封印に必要なのは執行者の命だって推測も当たりかな』
まるで日常の、ありふれた会話をするような軽さで聞かされる言葉は全て事実。白殿もまだ語ってはいない、代々執行者を勤める羽鳥家だけが知る真実だ。
千さんを凝視しながら「どうして…」と問う。
微かに震えて続かなかったその先の言葉が、「知っているのですか」なのか「分かったのですか」なのか…。自分自身でも分からないまま。
『貴方と白が知り合いだった事と、清司郎さんの態度でなんとなく…ね。頑なに朝子先生に知られないようにしてるから』
『そう…ですか』
否定も、肯定も出来なかった。けれど千さんはそれを気にせず、また煙草をくわえて煙を吐いた。
最早答えなど必要とされていない。私の態度で全て、予測は確定の真実に辿り着いてしまっている。
何て事だろう。子どもだと思って侮っていた。
この子は、いや、この御仁は物事を本当に良くも悪くも真摯に見過ぎている。きっと「秘法眼」を持っているからだけではない、元より備わっている千さんの特性。
だが、だからといって、ここまで物怖じしないのはおかしくないだろうか?
このままでは自分が死ぬと分かって、何故こんなにも平然としていられる?
『千さんは…怖く、ないんですか』
『怖いよ』
問いに対する答えは即の速さで返された。煙草の灰を指で弾いて落とし、千さんはニッコリと微笑んで私を見る。
『でも、みんなが死んじゃう方がもっともっと怖いし嫌だし。それに…一番怖いのは死ぬ事じゃないから』
『一番は何なんです?』
『…今は、秘密』
視線を外し、夜空を見つめながら千さんはそう言って黙った。