幻蝶の織り機
□●特別の特別
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「おじゃましまーす…って、あれ? 菜々子ちゃんは?」
「今日は通院日。精密検査もあるから泊まりがけなんだ」
「そっか…堂島さんも付き添い?」
「…あぁ…」
「ふーん。なぁ、俺夕飯食っていって良い?」
「…良いよ」
「よっしゃ! 昼夜連続鏡夜マジック〜っ!!」
「なんだそりゃ……陽介」
「んー?」
「有難う」
「なにが?」
「別に。先に上がっててよ、コーヒー淹れてくから」
「了解」
促されるままに俺は鏡夜の部屋に向かった。扉を開けて、勝手知ったる他人の家の如く鏡夜の鞄を机に置き、ソファーにもたれかかった。
そして先程玄関で繰り広げた会話と鏡夜の顔を思い出す。
あっさり、意図がバレてしまった。
まぁ相手が相手だし、ちょっと急な話のもっていき方をしたから仕方ないんだけど。
それでも、アイツが『独り』だと言うのが、俺は嫌だった。例え今日の夜だけの事だったとしても。
礼を言って微笑んだ鏡夜の顔に安堵が隠されていたのを、俺は見逃さなかったから。
菜々子ちゃんがテレビに入れられて、堂島さんが入院して…。この家に独りになった時の状態なんて、二人が無事であると分かってる今でも居心地が言い訳ない。そんなの、二度と味合わせたくないんだ。
でも…こんな事が出来るのも、今だけだ。
4月を待たずに鏡夜は此処を離れる、居なく、なる。
詳しく聞いた訳じゃないが、鏡夜の親は多忙で、家に帰っても一人きりだなんて普通だったらしい。だから、菜々子ちゃんの「おかえり」が、何度聞いても嬉しいのだと。
アイツはあと2ヶ月足らずで、そんな「おかえり」がない場所に帰るんだ。
考えただけで気が滅入る。
大丈夫だろうか、不安にならないだろうか、寂しくないだろうな、辛くは…ないだろうか。
あぁ…どうして俺はガキなんだろう。
大人だったら、何も気にせず鏡夜を追いかけて側にいてやる事が出来るのに…。
そこまで考えてため息を吐き出した所で、俺はふと思った。
なんで、こんなにも鏡夜の事が気になるんだ?