小説


□魔理亜次郎の★自殺願望
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プロローグ



生きるのがめんどうだ死のう



この世は牢屋だ。

俺は牢屋から出たい。

そう決意する、

ちょっとの期待、

ちょっとの不安、


死後の世界、黄泉の国、幽世、そこは知らない場所、
だから、期待と不安、

俺は牢屋から出たことがない、

俺が知らない場所、

そこには何があるんだろう?

さぁ、行こう、外へ


季節は夏――

夏休み初日、これから訪れる日々に心踊らせる。
部活やら海やら祭やらひと夏の淡い恋だったり。
そんな日々の初まりの日だから都合がいい。

学校の屋上、照り付ける太陽が暑い。昼が過ぎてからまだまもないとなれば太陽は絶好調、今が一番暑い。
暑くて死にそうだ……。
今から死ぬわけだからなんの問題もないのだが……このまま太陽に焼かれて死んでしまおうかとも考えたが、やめた。苦しそうだしな。飛び降りて一発で昇天したほうがいいだろう。

頬を流れる汗を袖で拭う。

夏休み初日の校内はがらんとしていた。午後になれば課題、部活に来ていた生徒もほとんどが下校して、今、校内に残っている人といえば部活熱心な野球部と日直の先生ぐらいだろう。
人が少ない。
人死にが出ても休校になることはない。
魔理亜次郎が夏休み初日を命日に選んだ理由はここにある。
これで学校にたいして迷惑はかからないだろう。
今からこの世からいなくなるというのに律儀なものだと苦笑した。
フェンスまで歩く、普段は生徒を下に落ちるのを防ぐためのそれは今は邪魔なだけだ。
「これを乗り越えるのはめんどうだな……」
誰が聞いてるわけではないんだが、一人呟いた。独り言だ。
だが、その独り言は独り言として成立しなかった。
独り言は一人で呟くから、独り言だ。
「……え?」
どうやら、先客がいたようだ。
次郎が顔を声がしたほうに向けるとそこにいたのは、清らかな白いセーラー服を着た一人の少女、貯水タンクから伸びた影に隠れるように立っている。
ちょうど目があった。
人がいたのに気付かなかった。暑さでぼんやりとでもしてたのだろう。
「の、乗り越えるって……どう、ゆうこと?」
少女に尋ねられたが、その質問に答える義理はない。
少女から目線を外して、フェンスの向こうに目線をうつした。
そこに広がっている広大な青空、それにフェンスの網目模様が重なる。
牢屋の中から見てるようで、届きそうで、届かない。
それが、もどかしくて、はやくこの牢屋から出たくて
フェンスに足をかける。
手で掴み、引っ張るように体に反動をつけて、一気にフェンスを越えようとしたところで、声がかかる。
「ちょっ!ちょっと待って!」
めんどうだな、無視だ。
その声を振り払うように、反動そのまま右足をフェンスの上にかけた――
そこで、視点が一転した。「待ってって!」
絶叫のような叫び。
不意に背中を掴まれ、引き寄せられた。
そのまま、重力にしたがって落下したのは、フェンスの外側じゃなくて、内側だった。
見上げるようにして青空を見ている。離れていく青空。
その光景はひどくゆっくりで――。

まだ牢屋からは出られない。

落下が終わり、コンクリートの地面に背中を強く打ち付け息が詰まった。
「かはッ…―!」
それなりに痛かった。
(死ぬ時はもっと痛いんだろうな……)
「お、おまえ!」
仰向けに倒れていた次郎に少女が跨がる。
所謂マウントポジション。そのままのポジションで胸倉を掴まれ。
「今、何しようとしたッ!」うるさいから即答してやった。
「自殺」
少女の顔が引き攣るのと同時に――

一発

ポスッ

痛い、痛くないで言えば、痛くない。
鳩尾に少女の握られた拳があった。
なんだ殴られたのか?
痛くも痒くもないとはこのことか。
「なんでッ!」
「喚くな、うるさい」
少女は唇を噛み締め再び

ポスッ
ポスッ
ポスッ

と三発、痛くも痒くもない拳。
「なんのつもりだ?」
「こ、こっちの台詞だ!なんで自殺なんか……。」
「なんで?」
次郎の目が細く厳しいものになる。
「……ひっ!」
少女が小さな悲鳴をあげた。自殺しようと思うぐらいだそれ相応の理由があるのは当然だ。そこに他人まして、初対面の相手が踏み込んでいいのか、少女は後悔した。
「なんで、それをおまえに話さなくちゃいけない?」
「そ、それは……」
「…………」
「……あぅ……」
「…………」
しばらく見つめ合う、嫌な沈黙が流れた。
口を開いたのは少女。
嫌な空気に潰されてしまいそうな呟きだったが、それはしっかり次郎に届いた。
「……死なないで……」
そう少女は呟いた。
真っすぐに次郎を見つめた。
淡く揺れる黒の瞳に涙を溜める。それの向こうに写っていたのは暗く沈んだ瞳で少女を睨む次郎の姿。
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