昼下がりのドロシー

□第十一話
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「ここに、真於がいるのか」

町を抜け、森に入って暫く行ったところにあった開けた場所で、ハンサム青年は足を止めた。

「ううん〜、ここにはいないよぉ」

振り返ったハンサム青年は口元に指を当て、手を下ろす。何をしたのだろうか。眉を顰めていると、振り返ったハンサム青年と目が合った。

「待っててねぇ。いま、竜が来るからぁ」
「りゅ、竜?」

にっこりと笑ったハンサム青年に、俺は顔を引きつらせて後退る。

「お前、魔族か」

いや、半ば気付いてはいたが、まさかこうも堂々と告げられるとは思ってなかった。

「あれぇ、気付いてなかったのぉ?」

そう言った次の瞬間。

ハンサム青年はぐにゃっと潰れ、肉感的ボディの美女へと変化した。つーか、こっちの変化は皆ぐにゃっとするのか。もっと格好良く変化できないのか。

「こっちの格好なら分かるよねぇ?」

艶やかな赤い唇の両端をくっと吊り上げて笑ったその顔には、確かに見覚えがあった。

「テメェ……アリ村で会った着すぎるニート!」
「違うよぉ。キスキル・リルトだってばぁ」
「よくもノコノコ俺の前に姿を現しやがったな。二度もこの俺にゴニョゴニョしやがって。ボッコボコのメッタメタにしてやる!」
「ゴニョゴニョって、照れてるの?」
「うっせバーカ! だいたい何で性別変わってんだよ!」
「魔王様女の子だったからぁ、男の子の方が交尾する時にいいかなぁって」
「こ……ッ」
「あたし夢魔だから、悦くしてあげるよぉ?」

分かった。コイツは変態だ。

さらにしゅびっと飛び退き、間合いを取って警戒のポーズを取る。

「真於の行方を知らねえってんなら俺は町に帰る。じゃあな、変態。二度と俺の視界に入んじゃねぇぞ」
「今ねぇ、魔族は大変な事になってるんだよぉ?」

立ち去ろうとした俺の背に掛けられた言葉に、俺は足を止める。止めてしまった。

「魔剣が死んだっていうのは、ある程度力のある魔族ならみんな感知できたからねぇ。魔剣が無いまま魔王を決めるのは、初代魔王が神様を殺して魔王になって以来初めての事だから、次の魔王をどうするかで揉めてるんだよぉ」
「なっ」

一瞬にして回り込んだリルトが、俺の首元に口をつける。突き飛ばそうと伸ばした手を絡め取られ、逆に無防備に首元を晒す羽目となった。

「有力な意見は今まで通り、前の魔王を殺した人がなるっていうやつなんだけどぉ。もう一つ、別の意見もあるんだよねぇ」
「いっ……!」

リルトの鋭い犬歯が俺の首元の皮膚を貫き、中へと侵入してくる。猫に甘噛みされたみたいに、脈打つ痛みと共に、どこか擽ったい感触がして、唇を噛み締める。

「なんかねぇ、初代魔王様が言ってたらしいんだけどぉ、この世界のどこかに扉があって、その向こうには神様の住む永遠の夜が広がっているんだってぇ。って言っても、いくら魔族でも、初代魔王様の生きていた時代から生きてる奴なんていないから、嘘臭いけどねぇ」

いや、この変態を猫と一緒にしたら、猫は屈辱の余り「我輩は猫である。断じて変態などではない。殿、御前で失礼つかまつる」なんて言ってざっくり切腹してしまうだろう。よし、猫ではなく蚊ということにしておこう。

「そんな年寄りの与太話を信じて、扉を開いて神様を殺した奴が魔王だなんて言う馬鹿もいるけどねぇ」

首筋を一舐めし、リルトは顔を離す。ゆるい弧を描く唇から顎を伝い落ちる赤い血が、やけに艶やかに映った。

「でぇ、問題はぁ、どっちにしろ、君は死ななきゃいけないみたいだってこと。君を気に入ってるあたしとしてはぁ、それは嫌だから、皆が君を殺しちゃう前に、匿いに来たんだよぉ。別に真於のとこに連れてってもいいけどぉ、君だって死ぬよりは大人しく匿われていた方がいいでしょお?」

確かに、俺は死にたくないし、今になってなお、真於に会ったところであいつを殺せる自信は、たとえ魔剣が生きていたとしても、欠片もない。

「ね?」

女らしい仕草で小首を傾げるリルトに向かって、俺はぎこちない笑みを浮かべた。
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