昼下がりのドロシー

□第十一話
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「もしもーし、お姉さん! 真於ってヤツ知らない? ええとね、黒くて毛深くて目が赤い奴なんだけど。え、それよりソフトクリーム買わないかって? あ、もしかしてお姉さんオレのファンだったりする? うっわ照れるなぁ。よーし特別にお姉さんのエプロンにサインしてあげるよ! 『天才魔道士グリグリ様参上』っと。あ、お姉さんの名前なんて言うの? 書いてあげるよ。いやぁ、そんなに顔真っ赤にして照れなくてもいいのに。え、べんしょー? うーん、困ったなオレお金は持ってないんだよね。じゃあ代わりにこのクーラーボックスにもサインしてあげ……にぎっ」
「黙れ。悪いけど弁償する金はねぇし、働いて返す時間もねぇ。代わりにヤマトの茶漉領領主の屋敷からかっぱらってきた831年前から伝わる名茶器をやる。それで勘弁しろ」
「え、ドロちゃんアレ宿の前に置いてあったひび割れ茶碗じゃ……」
「シャラーップ!」
「もしもし、其処の御仁。お主、もしや真於という男は知らぬか。真於はこう、黒い毛並みの狼なのだが。ふむ、そうでござるか。では、西部特産茶葉カウボーイハットかチャワン虫卵のギルガメッ酢漬けを売っている場所を知らぬだろうか。いや、そんな遠くではなくこの辺りで売っている店を知りたいのでござるが。なに、悪人? それは聞き過ごすことができぬ。詳細を話せ。なるほど、では拙者が其奴を成敗して……んがっ」
「ざけんなゴルァ詐欺商売なんざチンケな犯罪追うより真於追う方が先だろが。次行け、次」

予想はしていたが、こいつらホント役に立たないな。

噴水広場のベンチにどかっと腰を下ろし、ため息をつく。馬鹿二匹は適当にその辺に放置してきたが、まあ迷子になっても置き去りにすれば良いだけだ。

ジーク達と別れてから三、四時間ほど経ったが、ずっとこの調子で進展はない。むしろ、俺一人でやった方が効率が良かったかもしれない。

そして気のせいか、海辺の方から爆音と共にキャーキャーワーワー悲鳴が聞こえるんだが。この分じゃ、向こうもあまり進展は無さそうだ。

いっそのこと、コイツら放り出しちゃった方が良いかもしれない。だってもう、魔剣は無いから魔族に追われる危険は無いし。キョウとの約束もあるし。つってもまあ、あっちは全くもって当てが無いけれど。

「やっほぉー、お嬢さん」

不意に、妙に気の抜けた声が降ってきた。まあ、俺には関係ない。それよりも、これからどうするかだ。そろそろ日も暮れるし、ちょっと休憩して後二、三人に聞いたらもう宿に戻ろうと思っていたが、ここまで進展が無いのはまずい。このまま何日もここに留まる羽目になると、魔族組の方はさらなる凶行に及びかねないし、馬鹿二匹の面倒を俺一人で見るのは疲れるし、とにかく嫌だ。こうなったら町の人間全員に聞く覚悟で……。

「ねぇ、ちょっとぉ」
「どわっ?」

急に目の前に、緩く波打つ金髪を真ん中で分け、デコ出しにした碧眼のハンサム青年が現れた。何というか、どこか退廃的な雰囲気で、コイツは絶対二股三股も気にしないモテ男だと確信する。思わず殴ろうとして振り上げた手を止められ、ハンサム青年を睨み付けた。

「止めんなよ!」
「えぇー、殴られたら痛いからイヤぁ」
「いい歳こいて『イヤぁ』とか言うな! キショイわ!」

周囲の女性から殺意にも似た視線を向けられ、ハンサム青年の手を振り解きながらぎろっと睨み返すと、彼女たちはそそくさと歩き去っていった。

それにしても、このハンサム青年、どっかで見たことあるような気がするんだが。

「なぁに? もしかしておれに見とれてるの?」
「で、テメェは俺に何か用か」

ハンサム青年の言葉をまるっと無視して尋ねると、ハンサム青年は眉をハの字にしてため息をつく。

「つれないなぁ。まあ、そんなとこも良いけどねぇ」
「早く言え。三秒以内に言え」

肩を竦め、再度深々とため息をつくと、ハンサム青年は表情を一変させ、目を細めて不敵な笑みを浮かべた。

「あのね、君、真於のこと探してるんでしょ?」
「知ってるのか!」

勢い込んで言うと、ハンサム青年は笑みを深める。

「知ってるよぉ? こっち。ついてきてぇ」
「あ、おい」

てくてく歩き出したハンサム青年の背を見つめ、俺は逡巡してたたらを踏んだ。

何か、ものすごく怪しい気がする。だが、他に手掛かりは見つからないし、ここは敢えて罠に飛び込むのも良いかもしれない。

「来ないのぉ?」
「行く」

足を止めて振り返ったハンサム青年を睨み付け、俺は足を踏み出した。
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