昼下がりのドロシー

□第十一話
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海流の関係でヤマトから大陸へは船で渡れない。そのため、俺たちは蒼と紅という反則技を使って海を渡り、カザカミまで戻ってきていた。

「ドロちゃん、それじゃあ元気でね〜」
「嫁き遅れたらいつでも戻ってきてね〜。紅の隣は空けとくから〜」
「いや、それお前が言う事じゃねぇだろ」
「でも紅はドロちゃんのことす……」
「すっきりポン酢派だと思ってるから〜」
「はあ?」

蒼の口を押さえた紅は「あはは〜」と笑いながらじりじりと離れていく。

「じゃあ、一段落ついたらまたヤマトにも来てね〜」

ああ、と返したが、恐らくはもう、ヤマトに行く事はないだろう。そんな気がした。

「またな」

次に会うのはきっと、向こうの世界で、蒼ではない蒼と、紅ではない紅だ。

シィルの家族に、彼の死を伝えに行くという二人の背を見送りながら、息をつく。

「じゃあ、行くか」
「よし、行こう!」
「ちょっと待て」

意気揚々と歩き出そうとしたグリグリの肩を掴むと、バカは不思議そうな顔で振り返った。

「お前、どこ行くつもりだ」
「どこって……嫌よ! アタシの口から言わせる気ッ?」

ゴッ。

俺の手が出る前に、一瞬凶悪そうな顔に変わったライアンがグリグリの後頭部を殴った。

振り上げかけていた拳を掲げたままライアンを見つめていると、瞬時にきゅるんとライアンはパタパタと尾を振りながら俺を見つめ返す。

「って、ライアン尻尾が出てる、尻尾が。ついでに羽も。ここ町中だから」
「すっ、すみません!」

ライアンが真っ赤になって尻尾と羽を仕舞うと同時に、不思議そうな顔でこちらを眺めていた荷運びの水夫たちが顔を青くする。

叫ぶなよ。

ぎっと睨み付けると、水夫たちはさっと顔を背け、さりげなく早足で倉庫の方へと逃げていった。

ふ、他愛もない。

「貴方も随分と悪役が様になってきましたね」
「当たり前だろ。俺を誰だと思ってるんだ……って、誰が悪役だコラ!」

睨んだ先のジークの微笑に寒気を感じ、とりあえず拳骨の行き先をグリグリへと変えておく。

「ぶっ……ひどいドロちゃんDVDだ!」

それを言うならDV、と突っ込むとまた煩そうなのでまるっとスルーし、案山子丸へと目を向ける。

「よし、下僕。とりあえず聞き込みするぞ。真於の行き先を突き止めないとな。俺は町の北の方に行くから、お前は南な」

そう。ヤマトの国の騒動は、まだ完璧に終わった訳ではない。

「承知。って下僕とは何でござろう下僕とは。拙者は……」
「ドロシー、聞き込みなら二、三で別れましょう。単独行動は危険です」
「あ?」

疑問の目を向けると、ジークは俺の腰の剣を一瞥した。

「ああ」

剣の柄に触れながら、小さくため息を洩らす。

確かに、今の俺はうっかり魔族に遭遇したら、かなりまずいことになるだろう。

「では、私とライアン、それから貴方とグリグリと案山子丸でどうですか」
「分かった」

若干厄介な方を押し付けられた感も無くはないが、先程ライアンは変化しかけた所を見られている。ジークならまあ、問題が起こってもうまく対応できるだろう。

「じゃ、俺たちは町の方を回る。お前らは港とビーチを頼む」

少しこちらの方が範囲が広いが、海際なら何かあっても町から逃げやすいはずだし。

「そんなに気を回さなくても大丈夫ですよ」

にっこりと笑ってジークはホタテの串焼きを頬張る。っていうかいつの間に買ったんだよ。ヤマトからの輸入品か、醤油だれの匂いが香ばしい。

「いざとなったら、私が愚者共を一掃してやりますから」
「そうか。……ってオイ!」
「では、また後で。行きますよ、ライアン」
「はい、お母様。案山子丸、帰ってくるまでに洗濯、掃除、宿確保、それとバーテンダー特製ごろごろフルーツ特大タルトと西部特産茶葉使用カウボーイハットティーを人数分用意しておきなさい」
「それと、オリハルコン製小便小僧と南国珍味チャワン虫卵のギルガメッ酢漬けもお願いします。出来なかったらどうなるか……分かりますよね?」

ジークが眼鏡をキラーンと光らせたのを最後に、颯爽と去っていった二人の背を呆然と見送った案山子丸が引きつった笑みを浮かべながら「え……?」と呟いていたが、俺にはどうしようもない。

「せ、拙者は何故にこのような仕打ちを受けねばならないのでござろうか。ドロシー殿、拙者は一体どうすれば……」
「諦めろ」

奴らに目を付けられてしまったのが運の尽きだ。

「さ、俺たちも行くか」
「レッツゴー」

ど、ドロシーどのぉ、なんて案山子丸が半泣きになっているのなんて気にしない。
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