昼下がりのドロシー

□第十話
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「で、結局あなたはどうするつもりなんですか」

目の前に座る化学教師は、ずれてもいない眼鏡をかけ直しながら言った。

「どうするって、何がだよ」

俺は化学教師との間にある机に頬杖を突きながら、吐き捨てる。

「決まってるじゃないですか。ここがどこだか忘れたんですか」
「どこって」

俺は痛む頭を押さえながら、周囲を見回す。あるのは様々な高校の資料や、問題集。

「進路指導室だろ?」

そう。それ以外に無い筈なのに。何故だろう。吐き気がする程の違和感が収まらない。

「おや、もうお忘れですか。『あなたがおかしいと感じたのなら、それはやはりおかしいのです。おかしいと感じたことを、忘れないでください。それはきっと、真実につながっていますから』……そう、言ったでしょう?」

微笑んだ化学教師の顔がぐにゃりと歪む。



「   、遊びに来たよ〜」
「遠路はるばる隣の教室から来てあげたんだよ〜。感謝してね〜」
「何で遊ぶ〜?」
「教科書ドミノ〜?」
「「水竜族ごっこにしよう」」



「クハハッ、よぉクソチビ。また会ったな。よし、上がれ上がれ。   が100%のトマトジュースと鮎多屋のアラレを用意してくれるからな」
「用意しません」
「そうつれないこと言うなよ」
「欲しいならご自分でどうぞ」



くそ、本当に何なんだよ、これ。

次に気付いたのは、真っ白な部屋の中だった。

ここは……。

「かぁごめ、かごめ」

綺麗な歌声に顔を上げれば、窓際のベッドに腰掛け、外を眺めている女性の背が見えた。

「かぁごのなかのとりは」
銀色の長く伸ばした髪は、女性が歌うのに合わせてさらさらと揺れ、

「いついつでやる」

白い着物は死装束を思わせる。

「よあけのばんに」

背筋に走った冷たい恐怖感に、俺は知らず知らずの内に後退っていた。

「つるとかめがすぅべった」

思わず、閉じられたままの引き戸に手を掛けるが、外側から鍵を掛けられているのか、びくとも動かない。

「うしろのしょうめんだぁれ」

振り返った女性の、琥珀色の双眸が、俺を射止める。その血のように赤い唇は、薄い笑みを浮かべていた。

「だ、誰だよテメェ」

女性がゆっくりと立ち上がり、こちらに向き直る。

「あなたはだぁれ?」
「俺は……」

近づいてくる女性を見つめながら、口ごもる。

俺は、誰だ?

いや、こんなこと考えている場合じゃない。頭を振り、女性を睨み付ける。あの瞳は、どこかで見た事がある。どこだ。どこで見た。

「ここは何処だ」

頭の中で思考をめぐらしながら問えば、女性は微笑んだまま小首を傾げる。

「あなたは、どこにいるの?」

何なんだコイツ。ひとの質問をおうむ返しみたいに。話にならない。

「おい、誰か! 誰かいないのかよ! 開けろ! ここから出せ!」

俺は再び戸に手を掛け、引いたり押したりしながら叫んでみるが、誰かが応える気配も、戸が動く様子も無い。

「何なんだよ、ここ」
「ここは、私の夢の中」

独り言に答えたのは、鈴を転がすような美しい声。

「あなたの夢の中」

真後ろから聞こえた声に振り返れば、白く冷たい指が首に絡み付く。

「彼の夢の中」

その細い指に見合わない力が加えられると同時に、足が宙に浮く。喉の奥が締め付けられ、奇妙な声が洩れ出る。

「夢見人を失くした夢は、どうなるのかしら。ねぇ、あなたには分かる?」

眼前の微笑が霞み、視界が赤に染まっていく。

殺される。

殺される。

殺される。

今までに感じた事の無い程に、死を間近に感じた。

「永久に続く夢は、夢と言えるのかしら」

俺……、死ぬのか。
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