昼下がりのドロシー
□第十話
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挨拶を交わすクラスメイト達を横目に、俺は黙ってヘッドフォンから流れる音楽に意識を集中させる。
そうしていれば無闇に関わってくる馬鹿はいないし、こちらが「無視している」訳だから、「無視されている」ともカテゴライズされにくい。
このやり方も、この音楽も、全て に教わったものだ。 もたぶん今頃、自分のクラスで同じようにしているのだろう。
昼休みに入るまでは、俺はそうして「一人」で過ごす。
それが、小学校の時にあいつと出会ってからの俺の日常だった。
なのに……。
「おっはよー諸君! 今日も素敵に無敵な 様の登場だ! 者共喜びひれ伏し泣き喚け!」
ついていた肘が滑り、大きな音を立てて額が机に衝突した。
そう、コイツだ。コイツが全ての元凶なのだ。コイツがいるせいで、今年の俺は初端から作るべき「俺」から外れっぱなしになってしまっている。とりあえず、諸君なのか者共なのか統一しろこの野郎。
なんて思っていると、ソイツがじっとこちらを見つめているのに気が付いた。目を合わせてはだめだ。目を合わせたら、絶対に絡まれる。
「おっはよー、 ! いくらオレが目を合わせがたいほどにシャイニングだからって、そんなに照れること無いじゃん。ホラ、あんなこともこんなこともしちゃったような仲だし?」
「ざけんなっ! 俺とてめえがしたことなんて、こういうことだけだ!」
気付けば、席を蹴って立ち上がり、バカの顎に拳をクリーンヒットさせていた。
しまった。俺としたことが……。
教室中から視線が集まっていることに気付き、羞恥に顔が赤くなる。誤魔化すように鼻を鳴らし、倒れた椅子を直して座る。
「えー、 ってばあの愛と夢と涙がタライ一杯に詰まった冒険を忘れちゃったの? 空から降ってきてそのまま気絶しちゃった をオレが介抱したっていう運命的な出会いも? 変態魔族や鼻血侍やチビドラゴンを従えて旅したあの刺激的な日々も? あの、素晴〜らしい、A!I!を〜も〜う〜い〜ち〜度ぉ〜♪」
「急に歌うな! つーかそんな旅なんて……」
再び椅子を蹴って立ち上がると、視界に見たこともない光景が目まぐるしく映し出される。見たこともない筈なのに、何故だろう。見たことがあるような……。
「 ?」
俺の名を呼ぶ の顔が、霞んでいく。
「だからそれを寄越せってんだろこのポニーテール似非侍野郎!」
ここは……。
「こ、これは拙者のノートでござる! 宿題は自力でやらねば意味が無いと母上も仰って……」
そうだ。この妙な古風野郎の家だ。
「だから何なんだよその時代劇掛かった言葉遣い! そんなんだからいつまで経ってもこの天才 様の人気に及びもつかないんだよばーかばーか」
何故かこのアホに引っ張られて来てしまったんだったっけか。
「 さんのは人気じゃなくて、説教や文句や叱責するために人が寄ってきてるだけですよ」
何故か母校の後輩まで来ていて。
「そうだろそうだろすごいだろこのオレの吸心力!」
勉強会なんて開いちゃって。
「 、どう? 感激で目から涙がナイアガラの滝?」
「アホか」
それを悪くない、なんて感じてしまっている俺がいて。
でも、俺にはあいつがいるから。俺が離れたらあいつは……。
「付き合ってらんねーし。俺、帰るわ」
「「「えーっ!」」」
荷物をまとめて立ち上がり、部屋を出る。
「ちょっと待ってよ ー!」
靴を履いて玄関の扉に手を掛けようとしたその瞬間、扉が向こう側へと開いた。
「あれ? お客様が来ているの?」
すかした手もそのままに、扉を開けたまま俺を見つめるそいつを、睨み返す。
「兄上! いまお帰りでござったか!」
嬉しそうに身を乗り出してきた似非侍は、頼んでもいないのに勝手に紹介を始める。
「こちら、拙者の兄上でござる!」
「って言っても、血は繋がっていないのだけどね」
「兄上の御母上がその、病で入院していらっしゃる故、幼き頃より兄上は拙者の兄上として暮らしているのでござる」
「君達は のお友達なのかな」
俺や を見回してそう言った彼の横をすり抜けながら、俺は違うと心の中で言い返した。
俺は違う。こいつらの友達なんかじゃ……。
『……正直、君が羨ましいよ』
『自分から捨てておいて、今さら何言ってやがる』
脳裏を過った光景に、目眩がする。ああ、まただ。くそ、何なんだよ、これは。