昼下がりのドロシー

□第九話
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俺が名を呼ぶと、上空から影が差し、羽ばたきを繰り返しながらゆっくりと砂色の龍が舞い降りてくる。その翼から引き起こされる強い風に煽られ、皆恐れ戦くように後退る。

俺の前に降り立ったライアンが振り返り、甘えるように鼻頭を押し付けてきたので適当に撫でてやる。どこかのバカ魔道士が羨ましそうに見ていたので、ついでにアッパーを食らわせておいた。

「それから、ジーク!」

俺が名を呼ぶと、再び上空から影が差し、ジェット噴射で空を華麗に舞うライアン4号改DXスーパーハイパーエボリューションサンダーエレガントブルータスオマエモカコーヒーギュウニュウフロアガリ号、略してライアンパシリ号が姿を見せ、そして……。

ガション。

両肩から生えたガトリングがこちらに向けられた。

まさかまさかと思いきや、やっぱり予想は外れず、パララララと軽快な音を立てながらガトリングから何故かドングリが俺とグリグリ目掛けて雨霰と降り注いでくる。トトロもびっくりの所業だ。

「チッ、グリグリ盾になれ」
「のぉおおおお! オレが何をしたと!?」
「息をした」
「マジで!? オレって息をするだけでもファンの人達が気絶しちゃうほど罪作りなの!?」
「どんな前向き解釈だ」
「つーか痛ッ、痛いから! オレのぷりちーフェイスに痕ついちゃうから!」

ようやくドングリの襲撃が止んだので盾にしていたグリグリを脇に退けて、空中旋回しているライアンパシリ号を睨み付ける。

「ジークてめえ何すんだこの野郎!」

ついで近くにあった何かを掴んでライアンパシリ号の背の上の人影目掛けて投げつける。

「ちょ、ドロちゃんひどいぃいいいい!」

近くにあった何かはグリグリだったらしい。グリグリは綺麗な弧を描きながら小さくなっていく。二つの人影が衝突し、ぎゃん、と遠く悲鳴が上がるのが聞こえた。

「ふっ、さすが俺。どストライクだな」
「貴方がどストライクなら私はどSトランプですかね」

目の上に手で庇を作って一塊となって墜ちてくる人影共を見上げていたら、背後からそんな声が聞こえてきた。

「どんなトランプだよ……ってぇえええ!?」

つい習慣的にツッコミを入れながら振り返ると、そこには今グリグリと一緒になって落ちている筈のジークがいた。

「なんでジークがそこにっつーか、ならあれは……」
「「むぎゅ」」

再度目を戻すと同時に、グリグリと紅が地面にべたんと叩きつけられる。空中では馬鹿にするようにライアンパシリ号が8の字を描いていた。

「こ……紅? 悪りぃ、わざとじゃないんだ。だから慰謝料とかは……」
「ドロちゃん!?」

恐る恐る手を伸ばそうとしていると、紅ががばりと飛び起き、さりげなく俯せに地面に張り付いたままのグリグリの後頭部を踏んづけて飛び付いてきた。

「良かった〜、無事だったんだね〜」
「一応心配してたんだよ〜、俺たちも」

そう言いながらジークの後ろから出てきた蒼が、辺りを見回す。

「そういやアイツ、どこ行ったの?」
「アイツ?」

眉を顰めて問い返すと、蒼は殺気を隠そうともせずに、顔を歪めた。

「しぃちゃんを殺したあの裏切り者だよ」

あぁ、と応え、俺は息を吐き出す。紅もまた、蒼と同じような顔をしている。本当に、嫌だ。自分勝手な願いだが、そんな顔はしないでほしい。

「真於は……そう言えば、いないな。いつからいなくなってたんだろ」

俺とヤクサが戦っていた時だろうか。

「知ってるか?」
「知らない!」

地面に張り付いていたグリグリに振ってみると、べりっと剥がれて元気良く答えてくれた。

「……だそうだ」

何となくムカついたので、グリグリの頬を横にうにーんと伸ばしながら蒼紅に向き直る。

二人は悔しそうに俯いたが、やがて顔を上げるとライアンの横に並ぶようにして呆然と一連の出来事を眺めていた両軍を睨んだ。

「水竜族が双璧の一、蒼」
「同じく、紅」
「「俺たち二人は、魔王ドロシーに与する事を、ここに宣誓する」」

両軍、特に水竜族は驚愕にざわめいたが、俺だってビックリだ。

「な、んで……」

思わず声を洩らすと、二人は振り返ってにっこりと微笑む。

「ドロちゃんはバカだし、考えが甘過ぎると思うけど、優しくて、一生懸命だからね〜」
「俺たち、ドロちゃんが好きなの。たぶん、ここまでドロちゃんについてきた奴は皆そうだよ〜」

好き。それは、正面切っての全肯定。僅かに頬に熱が集まるのを感じる。

「いひゃいいひゃいいひゃい! ドロひゃん、照れかくひにオレのほっぺ伸ばふのやめへ!?」
「うっせ、バーカバーカ。テメェは黙って俺にほっぺ伸ばされてろ」
「どんな亭主関白!? むしろオレが嫁!??」
「「じゃあ俺たち愛人〜」」
「では私は姑で」
「ギャフッ」
「家族設定とか今いーし。TPOを考えろ! ってそれより、何つーか、まあ……」

目を泳がせていると、目の前でこちらを振り返っていたグリグリと目が合う。こちらに向けられた、向日葵の花のような満面の笑みにつられるようにして、俺も口元を弛めた。

「ありがとう、な」

皆もそれぞれに笑みを浮かべて頷くと、前へと向き直った。律儀にも待ってくれていた両軍の面々へと向けて。

「こっちの準備は整ったぜ。さあ、どうする?」

俺は、笑った。
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