昼下がりのドロシー

□第九話
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戦場が停止する。

刀を振り上げた者は、刀を振り上げたまま。

つばぜり合いをしている者は、つばぜり合いをしているまま。

シュラは屏風之介を呑み込もうと大口を開き、屏風之介はそれに抗しようと刃を構えていた。

ヤクサは案山子丸の袈裟斬りを避け、迎撃しようとしていた。

運良く誰もいなかった場所に落ちた光の爆弾は、地面を大きく抉り、底の見えないクレーターを作り出していた。

皆が、呆然と固まっている。

「よーく耳の穴かっぽじって聞け!」

静寂の中、俺は魔剣を地面に突き刺し、宣言した。

「今この時をもって、この場所はこの俺、魔王ドロシー樣の支配下に置くことにした!」
「ドロちゃんかっこいー!」
「てめぇは黙ってろ」

ドバキッ。

「……という訳で、俺の決めたルールに従えない奴は今すぐ出てけ」

一瞬どこかの空気を読まない自称天才魔道士のせいで白けたが、気を取り直して言い切った。

「ふ、ふざけんなーっ」

勿論、予想通り、怒号が飛び交う。

「ドロシー殿、何を考えているのでござるか……?」
「クハハ! やっぱお前面白れーわ!」

例外は、当惑した様子の案山子丸と愉快気に笑うヤクサくらいのものだ。

「一つ! 俺の許可無く本気で争うな」

それぞれの反応を無視し、ズビシと人差し指を立てて言う。

「二つ! 命を大事に!」
「そうそう、特にそうりょとかの回復役やレベル低い奴はね! せんしやゆうしゃは『ガンガンいこうぜ』で……」
「黙れ」

ボベキ。

復活しかけた自称天才以下略のせいで以下略だが、咳払いをして以下略。

「三つ! 俺に逆らうな」

静まり返った庭を睨み付けるようにして、俺は息を吐いた。

「……難しくはない筈だ。どうせ俺はここに居着く気は無い」

少し言葉を和らげて続ける。

「見たかねぇんだよ。殺し合いなんざ。今までに死んだ人はもうどうしようも無いけど、これ以上死人を増やすことは無いだろ。人間にしろ、魔族にしろ」

苛立ちと悲哀、そして僅かにすがるような色を映した目で、呆然とこちらを見詰めていた兵士達は、やがて周囲の反応を探るように互いを見交わす。

「ざけんなゴルァ、偉そうにしやがって! 死ねや!」

一人の魔族が刃のように伸びた爪を振り上げ向かってきた。俺は無言で地面に突き刺した魔剣を引き抜き、振り払う。

「あぎゃべ!?」

こちらに向かってきていた魔族は、魔剣から放たれた炎の刃に顔面を撃たれ、後方へと吹っ飛んでいく。仰向けにぶっ倒れたそいつを見ると、幸か不幸か火に耐性のある種族だったらしく、白目を剥いて鼻っ面が赤くなっている以外は無傷だ。

「頭を下げろっつーなら下げるさ」

俺は無反応なそいつを一瞥し、皆の方に向き直ると、地べたに膝をつき、額が地面につくほどに深く頭を垂らす。普段の俺を知っているグリグリと案山子丸、それに神流だろうか、幾人かが驚いたように息を呑む気配がした。

「……戦いをやめてください。お願いします」

沈黙が、渦巻く。

俺は息を吐いて立ち上がると、再度皆を睨み付けた。

「これでも停戦しないってんなら……」

魔剣の剣先を皆に向け、告げる。

「喧嘩両成敗だ。両軍まとめてぶっ倒す」

一番後ろで固まっていた骸骨達……骨戯族の顎骨がかくんと落ちた。中には本当に顎骨を落としてしまい、慌てて拾って嵌め直している奴もいる。馬鹿な発言だ。そう思ったのだろう。

「いくら強いとは言え、貴殿に我ら全員を相手取る事など出来る筈が無かろう! 戯れ言も大概にせよ!」

むっさいおっさんが怒鳴ると同時に、あちこちから「そーだそーだメロンソーダにメロンの成分なんて入ってなさそーだ」と賛同の声が上がる。俺だって、実現できるとは思わない。

一人なら。

「出来んだよ! 俺には頼りになる仲間……げふん、使える下僕がいるからな!」
「えっ、頼りになる仲間? それってオレこと天才魔道士にして世界の至宝グリグリ君のこと?」
「テメェはむしろトラブルメーカーだ。つーか『下僕』って部分を無視してまででしゃばりたがるその根性に脱帽だ。……つーことで、ライアン!」
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