昼下がりのドロシー

□第七話
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ライアンを追って延々と駆け続けていると、松林が途切れ、集落が姿を現した。

顔を泥だらけにした男性や頭に手拭いを巻いた女性が、腰を曲げて雑草を抜く水田の前の水路では、水車が回り、その近くでは、笹舟でも流しているのか、子供たちが水路を覗き込みながら歩いている。のどかな田園風景だ。

……そこにいる人々がことごとくガイコツであることに目を瞑れば。

「あれぇ」

水田にいたガイコツの一人が、こちらに気付いたようで声を上げた。

「ひぃっ」

前にいたライアンが悲鳴を上げてグリグリにしがみつく。

「佐吉でねぇか。どうしたんさ。そん異人さんたちはなんだ?」

気付けば皆、手を止めてこちらを見つめていた。真っ直ぐにこちらを見つめる眼窩からは何も読み取れないが、その声音からはどこか警戒している感じがする。

「岩場で海苔取ってたら足さ捻っちまっただ。こん異人さんらが親切にここまで運んで来てくれたんよ」

グリグリの背の上のガイコツが不意に頭……頭蓋骨をもたげ、そう返す。グリグリに引っ付いていたライアンが「ぎみゃーっ」などと叫びながら後退った。一方グリグリは瞳を輝かせて視線を頭上に向ける。

「おおっ! お前、ただのカルシウムじゃなくて歌って踊れる素敵カルシウムだったんだな!」
「助けてくれた礼に見せてやりたいのは山々だども、オラ、歌も踊りも下手だぁ」
「大丈夫! それならこの天才魔道士グリグリ様が、手取り骨取り教えてやるって!」
「余計なことはしなくてよろしい」

バガンッ。

「ぐはっ!?」

突如背後から声がしたと思うと同時に、どこかから飛んできたロケットパンチが、器用にガイコツを避けてグリグリの後頭部に突撃した。

「それよりも、礼がしたいなら、飲食料と宿、それから情報の提供をお願いできますか」

にっこりと微笑みながら現れたジークに続き、シィルとその手に引きずられて、あちこちぶつけられタンコブだらけで気絶している案山子丸も姿を現した。

「合点承知でさぁ。じゃあまず、申し訳ねぇがうちまで運んでくだせえ。あの、屋根の上に『ちび白六号』が乗っている家です」
「ちび白……?」

ジークの笑顔が引きつり、大量の殺気が辺りに満ち溢れる。ライアンが「どろじぃずわぁ〜んっ」と泣きながら、何故か案山子丸の鳩尾にエルボーを食らわした。

「ごふぇっ……はっ!? ここは誰? 拙者はどこ?」
「私、メリーさん。今、あなたの後ろにいるの」
「悪霊退散悪即斬足し算かけ算つるかめ算ん〜ッ! 拙者の拳を受けるでござる!」

ふざけて言ったグリグリの頭上すれすれを、案山子丸の刀が通り抜けていく。

「ぎょへぇっ、斬られただぁ!……って、肋骨の間か。ほっ。オラすかすかに生まれたことに初めて感謝しただよ」

グリグリの背の上、オーバーリアクションをする佐吉を見て、案山子丸はさらに熱くなり、刀を振りかぶる。

「無残悲惨仰山清算あぶさ〜んっ」
「ストライク三振なるか……って、標的オレだし!! なんで!?」

グリグリは佐吉をおぶったままひょいと案山子丸の刀を避けた。

「ゆ、許さん!」
「だからマジでなんで!? 教えておじいさんッ」

背後に逃げ込んだグリグリに、ジークは深々とため息を吐く。

「私がおじいさんですか。……ショッキングピンク」

刀を振り抜こうとしていた案山子丸が、ジークを目前にしてピタリと止まる。青くなり、だらだらと汗を掻き出す。よっぽど酷い目に遭わされたのだろう。不憫な。

「では、行きましょうか」

鶴の一声ならぬジークの一声により、ようやくにして一行は佐吉家に向かうことができたのであった。



ジーク達の後を歩きながら、グリグリは佐吉に目を向ける。

「で、結局『ちび白六号』って何なの?」
「ヒイさんの造った機巧だぁ」
「ヒイさん?」
「ヒイさんはええ人だぁ。オラ達がここに越してくる時に、大陸もんから助けてくれただよ」
「大陸もん?」
「んだ。大陸の妖だぁ」
「あぁ、魔族のことか!」
「ヤクサっつう大陸もんの親玉がいてなぁ、捕まったらみんな手下にされちまうだよ」
「魔族の親玉……ローカル魔王みたいなもんか。ってことは、そのヤクサって奴を倒せばオレ英雄?」

ヤクサを倒した後のウフフアハハな展開を妄想しながらにやけていると、ジークに呼ばれた。

「いま行くー!」

グリグリの去った後、集落の入り口では松林が潮風に揺られるばかりだった。
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