昼下がりのドロシー
□第六話
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あばよ、蒼、紅。明日になって吠え面かけや、神流。
格好をつけて洞窟の入り口にアディオスしていると、月や星のさやかな光とは異なる、ぎらぎらした赤い光が目の端に入った。
ひ、人魂っ!??
いやいやいやいや、そんな非科学的なもの、この科学が発達した現代に……ってこの世界は違うんだけど、でもでもそんなことあり得ない存在しない、ホラあれだ、リンが光ってるだとか、プラズマ現象だとか、流星や光る虫の見間違いだとか、ねえ……?
放っておけばいいってのは分かるんだけど、こういうのって気付いちゃうとトコトン気になるんだよな。むしろ正体を確かめないことには落ち着けないっていうか。別に怖がってる訳じゃ断じてないけど。
よし。頑張れ、俺。ファイトだ、俺。ナイスだ、俺。
冷や汗だくだくで自分を励ましながら、光源のある木々の奥の方へと、藪を踏み分けて向かっていく。
木の幹からそろそろと顔を覗かせてみると……。
ゴォオオオ……ッ。
灼熱の火の玉が頬を掠めていった。
「ホワッチャアアア!??」
思わず飛び退りながら悲鳴を上げる。
「おま……馬鹿、来るな!」
前を見れば、無数の火の玉を身に纏った黒い狼と、宙を浮く巨大な葉っぱに大きな目玉のついたお化けみたいなのが戦っている所だった。葉っぱお化けの目玉がぐるんと回って俺の方を見る。
「誰か戦える奴を呼んできてくれ! 間諜をやっているのがばれたらしい。コイツは水属性の攻撃をしてくる。俺には不利だ」
そう叫んだのは黒狼。どうやら真於の変型らしい。
で、ああ言われてるんだけど、俺には連中が何処で寝てるかさっぱりなんだよな。
不意に、葉っぱお化けの体が震えながら大きく膨らんだ。
「来るぞ!」
「え、何が?」
葉っぱお化けの周りに、無数の水球が生み出される。これはもしかすると、もしかしなくても……。
水球が葉っぱお化けに共鳴するかのように震え、弾き出されるようにこちらに飛んできた。
「にょえっ」
何とか伏せて避けると直後、背後で軋むような音がした。振り返り、後ろにあった木を見ると、幹の中程に拳大の穴が開いていた。
これは、あれだ。ええとその、何だ?
ぎぎぎ、とぎこちなく正面に目を戻せば、尚も震える無数の水球。
ドゴッ、ガゴッ、ボゴッ。
「にぎゃーッ」
走って逃げた俺を追うように、地面に穴を穿っていく水球。
「あでっ」
木の根に躓いてずっこける。振り返れば、水球が迫り来る。
ぎゅっと目を瞑り衝撃に耐えようとするも、なかなか痛みはやって来ない。
恐る恐る目を開けてみると、真於が俺を庇うように前に立っていた。次々と襲い来る水球に対し、真於も自身の体に纏わせていた火の玉をぶつけ、対抗している。
とはいえ、水に火だ。ある程度の量を蒸発させ威力を殺すことはできても、完全には消せない。見る見る内に、真於の毛深い体のあちこちから血が撥ね飛ぶ。
「あ、おい」
呻き倒れかけた真於は、足を震わせながらも再び体勢を整える。
「早く、助けを……ッ」
荒いだ苦しげな息。滴る血。弱々しく揺らめく炎。
「下がってろ」
俺は意を決し、真於の前に出た。
「お前……?」
「『お前』じゃない」
訝しげに顔を上げる真於に、にっと笑いかける。
「ドロシーだ」
訳が分からない、といった風に赤い瞳を瞬かせている真於から目を離し、葉っぱお化けを見上げた。
「やい、葉っぱお化け! この俺が相手をしてやる。泣いて喜んで自爆しろ」
葉っぱお化けはゆらゆら揺れながら俺を見つめている。なんか馬鹿にされた気分だ。ムカッときたね。
俺は無言で腰に提げていた剣を引き抜き、正眼に構える。