昼下がりのドロシー
□第六話
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「ふぇっくしょい!」
や、やべ。
ずびぃっと出た鼻水を擦りながら辺りを見回す。
どうやら、誰にも聞こえなかったらしい。
「やれやれ」
きっと、何処かの馬鹿が俺を称賛礼賛大絶賛しているに違いない。全く、モテる男は辛いぜ。
ちなみにいま俺は、夜の洞窟内をひとり孤独に彷徨っている。何故かって、問うまでもない。だって、そうだろ。冷静になってよくよく考えてみれば、なんで俺がわざわざ誘拐された挙げ句言いなりになって、ガキンチョとは言え凶暴魔族と試合なんてさせられなきゃいけないんだ? 確かに同情の余地はある。でも、「へぇーああそりゃ可哀想だねじゃあサヨナラ」って感じだ。所詮、人間なんてそんなもんだろ。余裕がある時には上辺の優しさを見せてもいざという時にはさっさと身を引く。俺だけがその典型から道を外れなきゃいけないなんて、誰が決めた?
まあ、そんなわけで「真夜中の大脱走作戦」を決行してみたわけだが、誰もいない洞窟は、暗いし寒いし、なんか冷気が漂っているし、静かだしで、はっきり言って心細い。とはいえ、誰かがいても困るわけですが。
「出口、出口は……っと」
一人ぶつぶつ呟きながら歩いていると、何処かから物音が聞こえてきた。響いてて発生源は分からないが、どうやら足音──この感じだと、女か子供といったところだろう──が聞こえてきた。
やべっ。
辺りを見回すが、隠れられそうな場所というと、小岩の陰だけ。こっちに来られたらアウトだが、幸い十字路になっているから、確率は来る方と行く方合わせて二分の一。神様仏様ジーク様、頼むからどうにかやり過ごさせてくれ!
小岩の陰で踞ること十数秒。足音は段々と大きくなってきた。
来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな……。
「おい」
来るな来るな来るな来るな……くそっ、「来るな」って続けて言ってると舌噛みそうだな。
「おい、お前」
来るな来るな……はぁ、面倒臭くなってきた。もう少しゆっくり言ってみよう。くぅううううるぅうううう……。
ぬはっ!??
唐突に肩を掴まれ、驚いて変なポーズを取ってしまう。
気付くと目の前に、黒髪に赤い瞳の青年がいた。さすがにヤマトの国と言うだけあって、動きやすそうな麻衣に黒の裾絞り型の袴を履いている。肌は小麦色。そして、み……耳が……。ボサボサ髪の合間からひょっこりと三角形の耳が。ついでに、お尻にも黒いフサフサの尻尾が生えている。猫じゃなく犬か。
獣好きとしては堪らない。……あれ? 俺って獣好きだっけ? まあいっか。
「お前、水竜族の者か」
「ぅえっ!? はぁ、まあ」
とりあえずそういうことにしておかないとマズイだろうな。
「俺は朱纏狼族の真於。聞いているだろうが、いま茶漉領に潜入している者だ。奴ら、兵力を集めている。襲撃が近い」
襲撃が近いって……早く逃げないと本格的に巻き込まれるってことか。
「詳細が分かったらまた追って連絡する。じゃあな。長老によろしく伝えておいてくれ」
青年改め真於は慌ただしく別れを告げると、俺に背を向け歩き出した。
……もしかして、アレ尾けてきゃ出口に行けるんじゃね?
にやり、と心の中で擬音をつけて笑い、俺は真於の後を尾け始める。もちろん、かなり間合いを取ってだけど。というか、全速力で走っても丁度良い具合に間合いが取れてしまうわけで。俺ってそんなに足遅かったっけ。ちょっとショッキングですよ。
前を行く真於の姿が何個目かの曲がり角の向こうに消える。慌てて駆けつけると……。
「そ、外だぁ」
月と星屑に照らされた黒い森。洞窟内とは違う、爽やかな夜風が髪をすいていく。