昼下がりのドロシー

□第五話
3ページ/10ページ

宿屋は二人部屋しか空いておらず、三部屋取って、俺が一人で一部屋使うことになった。

「あー、厄介なことになったな」

呟きながらベッドにダイブする。スプリングの利いたベッドの揺れが収まると、ベッドの頭の方にある張り出し窓に肘を付き、外を眺める。黒い海に、歪んだ月が映っている。あの向こうに、ヤマトの国があるのだろうか。夕方に聞いた話を思い出し、ため息を吐いた。

「黒い獣? あー、見たよ〜」
「リヴァイアさんが連れてたんだよね〜」
「東の国に行ったんじゃないかな」

ジークの「港で黒い獣を見ませんでしたか」という問いに対するナンパ男ABの回答だ。ちなみにCは二人の椅子と成り果てていた。

彼らの言うことが本当なら、実に厄介だ。俺たちは敵の本拠地である茶漉領に乗り込み、少なくとも、リヴァイアさん、黒い獣、それからナントカとかいう敵の総大将を相手取らなければならない。たった五人で。例の犬と人の混血な人たちだって八人はいたし、某有名監督の映画で出てきた侍だって、七人はいた。せめてもう少し人数増やさないかと提案してみれば……。

「これだもんなぁ」

ジークに渡されたカエルとニワトリの指人形をポケットから取り出し、再度ため息を吐く。

あの後、さらにジークを問い詰めようとしたら、あの野郎、「残念です。そんなに私たちが信用できないとは」とか言い出してくれやがったおかげで、ライアンは「えぇっ!? ドロシーさん僕たちのこと信用してくれてないんですか! ひどい……あんなことやこんなことまでした仲なのに」とか訳分かんねーことほざきやがって、さらに案山子丸が「はっ、そんな……ドロシー殿はそ、そんなことを……い、いや、いけない! 拙者は武士でござる! こんなことで心乱されては……!」なんて喚きやがったおかげで、頭に来て「ざけんなボケ! 俺はもう寝る!」と、さっさと上がってきてしまったわけだ。

頭を抱えて呻いていると、控え目なノック音が響いた。

「誰だ!」
「オレだよ、オレ」
「フッ、甘いな。いかに今年度の振り込め詐欺率が四年前より上がっているとは言え、この俺がそんなに簡単に引っ掛かると思ったか!」
「ちょ、ドロちゃん!? せっかく隣のバーテンダーさん特製チョコレートサンデー持ってきたのに。しょうがない。オレが食べ……」
「何やってる。さっさと入れ」

扉を開ければ、今まさにスプーンをチョコレートサンデーに突き刺そうとしているグリグリの姿が。

「チョアーッ」

グリグリにハゲチョップをかまし、チョコレートサンデーをトレイごと奪い取る。

表面にコーティングされたミルクチョコレートは海の荒波を形取り、その頂には、先程認識した「俺」の人魚が乗っかっている。実際よりも確実にプロポーションが良いなんて、気にしない。

ただ、自分で食べる気はしないな。俺は「俺」人魚をもぎ取ると、グリグリの口の中に突っ込んで、チョコレートサンデーを奪った。

「も、もぐゅ……」

何故か微妙な顔をしているグリグリを無視してチョコレートサンデーを食べ始める。さすがイブシ銀バーテンダーさん。見た目だけじゃなく味も美味い。甘過ぎず苦すぎず、程よく滑らかで口どけの良いチョコレートと、落ち着いた味わいのココアクリームとさっぱりしたミルククリームの絶妙なハーモニー、ほのかに漂う甘い香りも食指を動かす。

食べ終わって気付くと、まだグリグリがいた。

「まだなんか用か」
「ああ、うん。バーテンダーさんが感想を聞いてきてくれって」
「じゃあ、美味かったって伝えといてくれ」

なんで俺にくれたのかは謎だけど。いや、本気で。

感想は言ったのに、グリグリはまだ去ろうとしない。

「座れ」

俺はため息まじりに言って、自ら張り出し窓の縁に腰掛けた。

「なんか言いたいことがあんだろ?」
「うん」

素直に向かいの空きベッドに腰を下ろしたグリグリは、なおも俯いたまま口を開こうとしない。

「うぜぇ。十秒以内に答えろ。さもないと殴る。十、九、七、三、二……」
「え、ちょ、待って言うから! いま言うから! てかだいぶとばしたよね今!?」

ドバキッ。

久々の右ストレート単発。

「ずびばぜん……」
「はよ言え」

頭に鏡餅みたいなタンコブを乗せたまま、グリグリは真面目な顔で俺を見つめた。正直、格好がつかない。

「ドロちゃんってさ、オレたちのこと、どう思ってんの?」
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ