昼下がりのドロシー

□第二話
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「いや、そんなこと間抜け顔で言われましても。どうしよう。ここは突っ込むべきか真面目に応対すべきか。ギャグ場面かシリアス場面か。裏事情としてはさっさと話を進めたいが、芸人としての血がそれを阻む。俺は……俺はどうすればいいんだ!? 次号、『愛と悲しみのワンコソバ〜猫が食べたらニャンコソバ?〜』お楽しみに! 来週もまた見てね! それでは……ジャンケンポン! うへへへへへっ」

「変なモノローグ入れるな芸人の血なんてねぇよ雑誌なのかテレビなのかはっきりしろ笑い方がキモくなってるぞてか回復早すぎだゾンビかてめぇは!」

「完璧なツッコミ有り難う」

ふっと笑ったグリグリに、むっと怒ったドロシー。

ズベバキボグッ。

……まあ、いつも通りだ。手を叩いてついてもいない埃を払った俺は、改めてサムライマンを上から下まで舐め回すように見る。

背は頭からハンマーで潰してやりたくなるくらい、高い。いや、別に俺が低いわけでは、断じて絶対死んでも神に誓って地球が崩壊しても、ない。俺は普通だ。世の男共が脳ミソに回すはずの栄養を愚かにも身長に使ってしまっているだけ。コイツも例に漏れず外身があるぶん中身が無いのだろう。筋肉も無駄につきすぎず、引き締まっている。というか、アレだ。一言で言うならば、美丈夫。口閉じてればモテモテタイプ。……別に悔しくなんかないけど。ぎっと睨むが、込められた敵意に気付いていないのか、真摯な目で見つめ返されるだけだった。

溜め息を吐きつつ、ふと思いつく。そうだ、こいつを使えばいいんじゃないか。

「一つ、試練を与える。そいつをクリアすることが出来れば、考えてやらないこともなくはない」
「まことでござるかっ」
「まこと、まこと」

後ろでグリグリが「ちょっ、何で勝手に決めるんだよぉ。オレはトリオよりコンビのが好きなのにぃ」などとほざいているが、気にしない。

「して、その試練とは?」
ずずいと身を乗り出してきたその様には、むしろ「して、その心は」という台詞の方が合っている……などと考えてしまってから、俺は顔を顰める。随分とアホ共に毒されてしまっていたようだ。

「この家の主、を何とかしろ」

案山子丸の顔つきが少し険しくなる。

「世話になっている者に恩を仇で返すと? 拙者、道に外れる行為に手を貸す気は……」

「世話? 恩? 言っておくけどなぁ、俺はここに居たくて居るわけじゃねえんだよ。あの変態が勝手に……」

「私が勝手に?」

「そう、訳分かんねーこと言って勝手に……って、え?」

気付けばそこに、先程まではいなかった者の姿が。肩に掛かる程に伸ばされた、ミルクティー色の柔らかに跳ねる髪。整った顔には温厚そうな笑み。ノンフレームの眼鏡の向こうの瞳の色は、銀。髪の隙間から飛び出した、尖った耳。案山子丸には及ばないものの、十分に長身というに値する背丈の、白衣の魔族青年がそこにいた。

「出たな、ブリキング」

いつの間に起きたのか、グリグリが嫌そうに顔を顰めながら呟くと、そいつの耳がぴくりと動く。

「『ブリキング』はやめなさいと言ったでしょう」

名前は知らない。好きに呼んでいいと言われたので、俺は「ジークレイ」或いは、略して「ジーク」と呼んでいる。実は「クレイジー」を並べ替えただけだなんて、本人にはとても言えないが。

「じゃあメガネ」

「改造されたいんですか」

「ワガママ言うなよ変態魔族」

グリグリの一言に、ジークはにっこり笑ってスチャッと眼鏡を直す。元よりずれちゃいなかったが。

「やりなさい、ライアン3号」

ジークの眼鏡がキラリと光る。

「ギシャーッ」

応えるように扉の残骸を轢き潰しながらメタリックなドラゴンのロボットが入ってきた。

「ら……ライアンーッ! とうとう改造されちゃったのか。しかも3回も。何てことだ! やっぱりジィさんなんかと買い物に行くなんて危険極まりないこと、やっぱり身を呈してでも止めるべきだったんだ! ドロちゃんが」

「なんで俺が」

「グシャーッ」

俺がグリグリを蹴り飛ばすと、目前に飛び出してきたグリグリをライアン3号が「邪魔だ」というように尻尾で弾き飛ばす。図らずも連携コンボしてしまったようだ。

「ぶへぉ」

壁にカエルのようにへばりついたグリグリからジークへと視線を戻し、ため息を吐く。

「で、本物は?」

「貴方は騙されてくれないからつまらないですね。表でへばってますよ。たったあれだけの荷物でへばるなんて情けない。あんな柔な子まで見境なく隊に組み込んでしまうようだからシニューは駄目なんです」

「シニューて誰だよ」

「貴方も会ったでしょう。あのナルシス筋肉ですよ」

「は?」

「西の魔公爵家の龍騎兵隊隊長」

「ああ、あのナル騎士か……ってオイ。お前、そんな奴呼び捨てにできるほど偉いのかよ」

「言ったでしょう。私は偉いんです」

バックに白薔薇が咲き乱れそうな笑みを浮かべてジークはリモコンを操作する。メタルドラゴンは「アンギャー」と鳴きながらキャタピラーを回し、外へと出ていった。恐らく、あれが新しい番犬になるのだろう。前のは俺が壊したから。

「お待ちくだされ」

「おや、貴方は」

ジークは今初めて案山子丸の存在に気付いたように目を丸くしてみせたが、明らかに演技だとバレバレである。だが、バレバレなのも分かっていてわざとやっているのだろうから、やはり性質が悪い。

「拙者、案山子丸と申す者。先程から聞いていると、お主が魔族であるというように聞こえるが」

「ええ、私は魔族ですよ」

案山子丸の目が険を帯び、光った。

「ならば、斬る!」

腰を低め、右足を前に出しながら柄に手を掛けた案山子丸。先程俺と相対した時とまるで違う、憎悪に満ちた殺気に鳥肌が立つ。が、ジークはまるで気にした風も無く無造作にそこに立ったまま。警戒してか、案山子丸はジークを睨み付けたまま石像のように動かない。

「なぜ魔族だと斬るんですか」

「魔族は悪だからでござる」

突然の問いに戸惑いつつも、案山子丸はジークから目を離すことなく答えた。

「なぜ魔族だと悪なんですか」

「人を殺し、喰らうでござろう」

「人間だって獣を殺し、喰らうでしょうに」

「それは……」

「人間も魔族も変わりませんよ。等しく愚かな私の実験体です。ちなみに私と遭遇した人間の反応は、あなたと同様いきなり攻撃を図った人間は2割、逃亡を図った人間は6割、その他2割。ちなみにそこにいるドロシーはこの家に空き「おい」に入っているところで会い、逃亡を図るも失敗、開き直って殴「こら」ってきた上、勝てないと判断したらワ「黙れ」ロとして明らかに盗「うっせえ」んの宝石を渡してきたのでこて「知るか」ぱんに「うぜえな」て差し上げました。……ドロシー、うるさいですよ」

ジークが眼鏡を直すと同時に床に溝が生まれた。それを見逃す俺ではない。素早く横に転がると、先程まで俺が立っていたブロックが開き、バネのついた赤いグローブが飛び出した。

「そう何度も同じ手食らってたまるかよ」

吐き捨て目を向けると、ジークはにこにこ余裕の笑みを浮かべている。訝るまでもなくその理由は理解できた。部屋中のブロックや壁が開き、先程と同じメガトンパンチが飛び出し、俺に向かってくる。

「くそっ」

腰に手をやり、魔剣はジークに取り上げられていることを思い出し、舌打ちを打つ。魔剣が無いと俺はただの人間だ。

一気に来た四、五発のパンチを跳び避け、続いて俺のいる宙へと向けて打ち出された一撃を足場にしてジークを睨み付ける。

「今日こそボコる!」

天井から俺を圧縮サンドにしようとして打ち下ろされたグローブが届く前に跳び、猿のようにグローブからグローブへ、はたまたバネに掴まったり蹴ったりしながらジークの元へと飛び込む。

「食らえ! 俺様スペシャルシュートぉッ」

「変な技名作んな!……って、ああっ? しまった!」

興奮して吠えたグリグリのアホ発言にうっかり空中で軌道を変えてグリグリの顔面に蹴りを落としてしまった。千載一遇のチャンスが……いくらグリグリがバカでアホでドテスカピな野郎だからといって、それにつられて毎度毎度目標を見失う俺もたいがいだ。

「貴方も懲りませんね」

背後からグローブに掴まれた俺は自己嫌悪に陥りながら唸った。
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