寄り道

□昼下がりの寄り道@
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案山子丸が生まれたのは、領国が列なり共和国を成す東方の島国、ヤマトの国。その中でもさらに小さな一領国、茶漉チャコシ国であった。

「父上ーっ」

屋敷の縁側をとたたたたっと駆けてくる音に、庭を眺めながら茶を啜っていた男は顔を上げ、茶碗を置いた。漆黒の髪を高めの位置で一つに纏め上げた、引き締まった体躯の大男。この男こそ、案山子丸の父にしてこの茶漉国の領主、草鞋丸ワラジマルである。

「案山子丸」

磨かれた床の上を駆けてきたのは、同様に後頭部で髪を一つに括った、愛らしい少年。幼き頃の案山子丸である。縁側に座ったまま振り返った父の笑顔を見て、案山子丸もぱあっと顔を明るくする。

「父上!」

案山子丸は父に向かって飛び上がった。その途端、案山子丸の表情が一変、殺気に満ちた険しいものになる。

「覚悟!」

宙に浮きながら腰に差した小刀を抜き払う。と同時に、にこにこ穏やかに笑っていた草鞋丸の目が鋭く光った。

「だりゃあああ!」

真正面から頭頂部を狙って振り下ろされた斬撃。縁側に腰を深く下ろしたままの草鞋丸には到底避けられないように思われた、が。

「あっまぁあああいッ」

床についた手を軸点に大きく捻られた身体。その足は遠心力が掛かり勢いを増し、宙に浮かんだままの案山子丸の腹部に踵をめり込ませた。

「にゃにくそっ!!」

吹っ飛びかけた案山子丸は自分を蹴った草鞋丸の足を掴み、先程草鞋丸がやったようにそこを軸点として回し蹴りを放つ。

「まぁだまだ」

草鞋丸は笑って案山子丸に掴まれた足を横に振るった。

「あ゛」

案山子丸は今度こそ呆気なく吹き飛ばされて、草鞋丸の眺めていた庭の中にある池へと、頭から突っ込んでいった。

ばっしゃあああああん!

屋敷中どころか、塀の外、武家屋敷にまで聞こえていそうな大きな音と、天高く上がった水柱。

「ふぅむ。これぞまさに『坊っちゃんが池に落ちた。ぼっちゃん』だな」

「ぬゎに言ってんですか、このアホ亭主は!」

呑気に笑っていた草鞋丸の頭に、ずべしっと何かが叩きつけられた。

「ふははははっ痛くも痒くもないぞ、沙弥サヤ」

草鞋丸が笑って振り返ると、絹糸のように艶のある黒髪を腰まで伸ばした美しい女性が、額に青筋を立てて草鞋丸を睨み付けていた。彼女は沙弥。案山子丸の母親である。

「何が『ふははははっ』ですか。貴方はどこの悪役です? そんなことよりも、よくも案山子丸を池に落としてくれましたね。誰が着物を手入れしていると思ってるんですか。勿論いま案山子丸が着ているものは貴方にご自分で手入れしてもらいますからね。家臣や城下の者に頼んでも無駄ですよ。和傘丸ワカサマルに手を回してもらっていますから」

「おのれ和傘め裏切ったか。あいつの飯にハナクソ飛ばしてやる」

「やめなさい」

草鞋丸は再び何かで頭を殴られた。

「だから痛くないと……ん? 何だか生臭いな。案山子、俺が今なにで殴られているか教えてくれないか」

全身から水を滴らせながらぬうっと池から這い上がってきた案山子丸は、草鞋丸の頭上を見て「鯛でござる」と答えた。

「そうか、鯛か。で、何故鯛がここにあるんだろうな、沙弥」

「私が釣ってきたからでしょう。今日は案山子丸の誕生日ですから」

「いや、俺が聞きたいのはだな、鯛は食べ物であって人を殴るものじゃないんじゃないかということであって……」

「大丈夫です。これは貴方の分ですから」

「む、そうか。いや、そうではなく……」

言い合っている両親を見つめていると、くしゃみが出た。
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