黒色の本

□魔王の唄う鎮魂歌
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陽の光の一筋さえ入り込まない洞窟。辛うじて辺りの輪郭を浮かび上がらせるのは、この洞窟の主、魔王の魔力によって岩壁に一定感覚で灯された、青白い光球である。

その男は四方を壁に包まれた暗がりの中、壁の窪みに嵌め込まれている、朽ちかけた木机に肘を置き、摩り切れた布が座部を覆う椅子に腰掛け、本の頁を捲っていた。農奴のような襤褸服に、暗い色合いのケープを羽織った男である。痩せ細り、青白い顔をした男の瞳は真紅。フードの内側、雪白の髪に隠された耳は、先が尖っている。どちらも、魔族の象徴であった。

オーヴの低い唸り声が聞こえ、同時に三人の男女が、反対側の窪みに置かれたオーヴの前に現れる。男は静かに本を閉じ、顔を上げた。

「お前が」

憎しみをその目に露に宿した黒髪の剣士が男に目を向け、戸惑ったように口ごもる。

「お前が、魔王か」

供の者を一人も従えず、隠遁者か或いは軟禁された魔道士のようなみすぼらしい身形をした男は、到底魔王の称号を冠するには相応しくないように見えたのだろう。だが、男が短く「ああ」と答えると、剣士は再度憎悪の炎を燃やし、剣を引き抜いた。

「お前の悪行の数々、許せるものではない」
「どれだけ人間を殺しゃ気が済むんだ」
「みんなの仇、討たせていただきます」

口々にその思いの丈を叫んだ彼らを虚ろな目で一瞥し、魔王と呼ばれた白髪の男は胡乱げに立ち上がった。その所作に、黒の三角帽子にローブという古めかしい格好をした魔道士の女は怯えたように後退り、逆に剣士と拳闘士は彼女を庇うように前に出る。警戒した様子で自分を睨む三人を見回し、魔王は息を吐き出した。

「やるならやるで、さっさとやらないか」

彼らを舐め切っていると取れるその言葉に、三人の顔つきが険を帯びる。

「どこまで人を食う気だ!」

剣士の咆哮を皮切りに、三人がそれぞれに攻撃を開始した。魔王もまた、どこから取り出したのかくねり曲がった杖を構える。

今、最後の戦いが始まろうとしていた。
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