昼下がりのドロシー
□第八話
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〜前回までのあらすじ〜
筋肉オカマ、リヴァイアさんを撃退したドロシー(仮)こと俺。ついでに囚われの身でガタブル震えていた蒼紅兄弟もばっちしクールに助けちゃって、近所の子供たちにはサインをせがまれちゃう始末。朱纏狼族たちも跪かせ、オカマ一派を完全に落とした俺と愉快な下僕たちは、烏天狗族の山で一晩夜を明かし、各地で原住魔族たちが動いたのを確認。一路、茶漉領を目指して進軍を始めたのであった。
「……っと、こんなとこか」
「嘘つきだな、お前」
空の旅はもう十分堪能したので(もう二度と西安なんかに運ばれたくないし)、今度は陸路を朱纏狼族の背に乗って行くことになった。水龍族は川を潜行するので、しばらく別行動だ。
「リヴァイアサンの筋肉に怯えてたのはお前の方だろうに」
くつくつと笑って、真於がこちらを見上げる。本来なら朱纏狼族は誰かを背に乗せることなど絶対にしないらしいが、朱纏狼族の中でも真於は変わり者だということと、俺が魔王だからという理由で、俺はこの、黒いふさふさした毛皮の手触りと激しい上下運動を楽しみながら、嘔吐感に耐えている、とそんな訳だ。
「嘘から出た真になるってことも」
「無いな」
苦し紛れの言い訳を一蹴される。
「一度起こった事は変えられない」
完敗だ。
うぅ、と唸って真於の背に張り付くと、真於が笑う気配がした。このクソ狼、と言いたいところだが、何故かコイツの事を憎む気は起きない。
やっぱり、完敗だな。
俺もまた、その事実を確認して苦笑した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
元領主の次男、案山子丸。
統治者の消えた茶漉領をまとめてきた男、屏風之介。
裏側から色々手を引いて大陸の妖から人々を守ってきた謎のDJ、ヒィ。
その三人を旗印にして加勢を募れば、もう落とされた領地や、まだ無事だが大陸の妖の脅威に戦々恐々としている領地からも、沢山の人と物資が集まった。
準備は万端、茶漉領を目指して一行は出発した。
そして現在、茶漉城下を一望できる山腹で、一行は最後の休息を取っている。
「おかしいですねぇ」
ジークが呟き、眼鏡を直す。
「おかしいって、何が?」
「これだけ近付いているのに、一向に動きが見られません」
「見つかってないだけなんじゃないの?」
お握りを頬張りながら首を傾げたグリグリに、ジークは肩を竦める。
「まだ分かっていないんですか。魔族というものは基本的に人間よりも高性能なんですよ。これだけ近付けば、面と向かって相対しているのと変わりありません」
まあ、相手が獣人や魔族なら話は別ですがね、と付け足すと、こちらに背を向けて屏風之介とやらと話し合っていた案山子丸の背から怒気が噴き上がる。だが、振り返る気は無さそうなので、ほっとした。ここで喧嘩をされては、昼御飯が台無しにされそうだし。
と、不意に後方でどよめきが沸き起こった。
「て、敵襲ーっ」
「妖が来たぞー!」
案山子丸が飛んでいくのを見て、グリグリも「オレも!」と駆け出す。人混みを抜けた先では、睨み合いになっていた。
「こっちからは手ぇ出さないって言ってるじゃん。どいてよ〜」
人垣に囲まれて姿は見えないが、どこか聞き覚えのある声だ。
「俺たち、急いでるんだよね〜」
こう、何と言うか胸がむかむかするような。
「あんまりうざいと殺しちゃうよ〜?」
こんな感じで左右からウザさのサラウンドアタックみたいに喋る奴ら。
「俺たちも面倒は嫌だし、お互いのためにここは退いてくれないかな〜」
人垣を抜け出し、最前列に出て兵士達と睨み合っている双子の姿を見ると同時に、グリグリは喉につかえていた骨が取れるように、彼らのことを思い出した。
「ナンパおと……へぶっ」
「蒼! 紅!」
叫ぼうとしていたグリグリを突き飛ばして、シィルが前に出た。その刹那、苛立たしげに兵士たちを睨み付けていた双子がこちらを見て目を丸くする。
「「しぃちゃん!」」
双子は声を揃えて叫ぶと、兵士たちを飛び越え、こちらに向かって猛然と駆けてきた。