焦風オリオ
□序・宵風ヒンジ
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【序・宵風ヒンジ】
少女は走っていた。
息が出来なくなるほど、ずっとずっと走り続けていた。
聞こえるのは自分の喘鳴と鼓動のみだった。
だが、立ち止まる訳にはいかない。
少女の前には少年の背があった。
少年は少女の手を引き懸命に駆けている。
後方から、咆哮が上がる。
鬼である。
誰かが悲鳴を上げた。
単に恐れているのか、或いは襲われているのか。
少女は恐怖と苦痛で何も理解できなかった。
少年に言われ、岩陰に隠れて蹲り、ただ震えていた。
気づけば、少女の目の前に鬼の顔があった。
血走った赤い瞳、巨大な牙、その向こうの闇。
少女が食われようというその刹那、鬼の後ろ側にいた少年が鬼に石を投げつけた。
鬼が低い唸り声を上げて少年に飛び掛っていく。
少年が仰向けに倒され、その胸に鬼の爪の生えた前足が乗せられる。
鬼が牙の剥き出しになったその口で少年の頭部を食い千切ろうとした。
少女は悲鳴を上げた。
次に気づいた時、少女は町にいた。見知らぬ町。見知らぬ人々。少年以外に見知った者もいない。
「そんな顔をするな」
ある日、少年はそう言った。
「いつか、お前が安心して笑える世界を作る」
少年は真剣な目でそう語り、少女に微笑みかけた。
「全部終わったら迎えに行くから。何処にいても絶対迎えに行くから、待っていてくれ」
少女は俯いたまま、頷く。その頬から涙が一滴、頬を伝って落ちた。