黒色の本

□月に唄う 忘却の彼方
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 太陽の消えた空。
 喰われかけた歪な月が浮かんでいる。
 涙のように瞬く星の粒。
 強い、冷たい風が吹いている。
 僕はここらで一番背の高いビルの屋上に立ち、目を凝らす。
 地平線を覆う、凸凹のコンクリートジャングルの真ん中にそいつはいた。
 夜空の闇から抜け出してきたような、真っ黒い、巨大な体。
落ちる寸前の太陽のように、真紅に燃える無感情な瞳。
ネズミは今日もひとり、街を喰らっていた。
巨人の足音のような破壊砲の音が、不規則に響き続けている。
今日もまた、多くの人々がネズミに喰われ、或いはネズミの壊した街の残骸に埋もれて死んでいくのだろう。
チヒロは今日も悲しい顔をして帰ってきて、頭を抱えて酒を飲むのだろう。
そして僕は今日も、そんなチヒロを慰めつつ、微笑するのだろう。
――大丈夫だよ。いつかきっと、ネズミは倒せる。僕たちが諦めない限り。
「嘘吐き」
 呟いた声は、乾いた風に攫われて消える。
 そう、僕は嘘吐きだ。
 僕はネズミが倒されることなんて望んでいない。
 僕は元の世界が戻ることなんて望んでいない。
 僕はネズミと同じだ。
 空っぽで、堪らない。
 何でもいいから、この空っぽの体を埋めてしまいたい。
 寂しくて、堪らない。
 本当なら、今すぐ叫び出したいほど、泣き出したいほど寂しくて、堪らない。
 ネズミが僕の心に同調するように空に向かって叫んだ。
 甲高く情けない声は、僕にはこう聞こえる。
――タスケテ。
 感傷だ。
 ネズミは唐突に身を翻し、地平線の向こうの闇へと溶けていった。
 チヒロもそのうち戻ってくるだろう。僕も帰らなくちゃ。
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