昼下がりのドロシー
□第五話
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「はぁ?」
「だから、ドロちゃんはオレたちのことどう思ってんのって聞いてんの!」
スコーンッ。
俺の履いていたスリッパがグリグリの額にヒットする。
「……なんで怒んの?」
「なんか偉そうでムカついた」
グリグリは恨めしげに俺を睨んでくるが、知ったこっちゃねえ。
「で、何だっていきなりンなこと言い出したんだ?」
「だってドロちゃん、あいつらとすごく仲良さそうだったじゃん」
「あいつらって……ああ、ナンパ男ABのことか」
敢えてCは抜かしとく。
「そうだよ。オレだって、ドロちゃんを埋めたり、ドロちゃんを沖に流したりして一緒に遊びたかったのに、いつの間にかいなくなっちゃった上に、あんな奴らと遊んでたなんて」
「……いや、殴らせろ?」
ドカバキメキャグシャ。
「誰を埋めて沖に流すつもりだったって? 誰が遊んでたって? 俺はお前らが遊んでる間に、必死に汗水垂らして聞き込みしてたんだっつーの」
「え、でもそんなこと一言も……」
「うっせーな! 収穫ゼロだったんだよ。悪いか!」
「……イイエ」
ったく、他人の傷を抉るようなことを言いやがって。ため息を吐いていると、グリグリがなおもこちらを見つめてくるのに気が付いた。どうやら、最初の問いに答えろ、ということらしい。しようがねぇな。
「ぶっちゃけ言うと、最初は誰でも構わなかった」
グリグリの耳がピクリと反応する。って、お前はウサギか?
「これが現実だなんて思えなかったし、夢ならそのうち覚めるだろ、だったらそれまで適当に過ごしゃいい。そんな感じに考えていたからな」
「夢?」
「言ったろ、俺はすっげー遠くから来たんだ。ここは俺のいたとことは一から十まで違うし、実を言うと今でもここが夢か現実かなんて分からない」
「でも」
「だけど、俺はここで確かに生きている。そこさえ分かっていれば、夢でも現実でも構わない。そう思うことにした」
グリグリの言葉を遮って告げ、グリグリの目を見据える。グリグリはまだ何か言いたげだったが、言葉を呑み込んで続きを待つことにしたようだ。
「俺には半身とも言える存在がいた」
「え……」
唐突な話題の転換についてこれないらしく、グリグリはポカンと口を開けた。
「俺にはあいつしかいないし、あいつも俺しかいない。互いさえいれば、他には何もいらない。そう思っていたよ。顔も名前も思い出せないけどさ」
「ドロちゃん、それどういうこと?」
「こっちに来た時、記憶が混乱しちゃったみたいで、あんまり自分のこととか、周りにいた筈の奴らのこと、思い出せないんだ。だから、実を言うと『ドロシー』って名前も適当に言っただけ」
「「「えぇ!?」」」
……ん? 今なんか声が重なっていたような。まぁ、いっか。
「だけど、あいつが……いや、俺? どっちだ。んー、とりあえず、一緒じゃなくなったんだ。だから、もういらないって思った」
何を、とは言わない。言ったらきっとグリグリは怒るから。
「んで、こっちに来て、うっかり魔王みたいなのと衝突事故起こして、グリグリに会ったってわけ」
「うわー」
グリグリは哀れむように呟いた。そりゃ、天下の魔王様の死亡原因がただの事故だなんて、笑うに笑えないだろう。
「グリグリは、だから、俺にとって初めての……」
「初めての?」
「初めての、友達、なのかな。あいつは俺にとっては半身みたいなもんだし」
友達、と、口に出してみて恥ずかしくなり、俯く。顔が熱い。
「オレも!」
嬉しそうに弾んだ声に顔を上げると、満面の笑みを浮かべたグリグリがいた。
「オレも、ドロちゃんが初めての友達!」
「そぅ、か」
何かむず痒くなり、顔を背けたが、グリグリがだらしなくにやけたまま笑っているのでムカついて殴り、扉の外に蹴り出す。
「ドロちゃーん? まいべすとふれんどー?」
「ファーストではあるけどベストだとは言ってねえ!」
扉越しに怒鳴り、その場にしゃがみこむ。
胸の奥に感じる温もりが、
……苦しかった。
「……なんでっ」
どうしてこんな気持ちになるのか分からない。嬉しいのに、嬉しいはずなのに、同時に悲しくて堪らなくなる。
俺は部屋の中ひとり膝を抱え、不条理に流れてくる涙を押し隠した。