空色の本
□桜舞い散るこの季節
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視線を落とすとその黒い目が、じっとこちらを見つめていた。彼女は桜が好きだと公言しているが、その割に桜を見ることは少ない。桜という存在そのものが好きなのかもしれない。
「桜の木の下ってさ」
彼女が目を逸らしながら呟いた。
「死体が埋まってるって言うよね」
あまりにもベタ過ぎるその言葉を聞きながら、私は桜の木の根元に目をやる。彼女のことだから、何かやったのかもしれないと思ったが、掘り起こした跡は無いし、せいぜい毛虫が落ちているだけだった。
「アレって根拠はあると思う?」
「あると思うよ」
そういう流れか、とため息を吐いて答えると、私は見るともなしに桜の幹を見つめる。ぐじゃぐじゃとした模様が、ぐじゃぐじゃしていた。見ていると私の目までぐじゃぐじゃしてきそうだ。
「どんな?」
即答した私に、彼女は驚いた様子も見せずに視線を寄こす。
「実際に、沢山死体が埋まってるんだよ」
は、と鼻で笑った気配に、私は無言で桜の木に近づき、しゃがみ込む。
「何やってんの」
呆れたような声を背中に聞きながら、私は踏み固められた土の表面を、半分埋まっていた石で抉っていく。
「服、汚れるよ。お母さん悲しむんじゃないの」
母とも面識がある彼女は、母の趣味が私を着飾らせることだということも知っている。嗜好の割に社交的で人付き合いの得意な彼女はだけれど、本当に心を許す人は少ない。今のも母に対する「社交辞令」という奴だ。今度母に会った時にはきっと、私は止めたんですけど、というに違いない。そんなところもまた、私が好きで嫌いなところだ。彼女に対しては常に、好きと嫌いが矛盾せずに共存する。
それは悲しいことで、苦しいことで、だけれど止めようの無いこと。私が彼女から離れられないことと同じ。
私は、私と真逆な彼女が、大好きで大嫌いだ。