銀魔剣
□6【大切なものの名】
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6【大切なものの名】
『…要?誰それ…』
知らない名前を出す彼に、そんな奴いたかという疑問の声をあげた。
いつでも微笑みを絶やさない彼は、ふと、遠くを見るような眼で俺を見た。
そして、俯きながら眼を閉じる。
一瞬だけ感じた悲しみのオーラ。
それが気のせいでなかった証拠に、彼はぎゅっと、閉じた瞼に力を入れた。
(聞かないほうがよかったか…?)
不安を感じ、慌てて話題を変えようとした俺の声の出る前に、彼が口を開いた。
『友達なんだ』
その一言を噛み締めるように、彼はゆっくりと口元を綻ばせた。
『友達なんだ……大切な』
いつもの微笑みを浮かべてそう言う彼に、俺は再び悲しみの気配を感じた。
俺の知らない、彼の記憶。
『…悲しそうに言うんだな』
聞きにくい事だったが、素直にそう返した。
『そう見えた?……悲しいわけじゃないよ。ただ…懐かしいんだ』
彼は、手にしていた本をぱたりと閉じて、前を見つめる。
『大切な仲間だ』
『今でも?』
(もう会うことはできないかもしれないのに…?)
『今でも…これからもずっと』
そんなふうに確信を持って言われると、最近友達となった俺からしてみると、どんな奴なのかかなり気になる。
『…どんな奴だったの?』
『ん?……んー、そうだね。
僕は仲間だ!って自信もって言ったけど、なんというか要は…気まぐれというか何を考えてるのか掴めないというか…いつも笑顔で飄々としてて、神出鬼没で、まるで誰にも懐かない猫みたいな奴で。でもなぜか、僕のところへは、時々顔を出してくれた。たぶん、僕と亜子には心を開いてくれてたんだと思う』
くすくすと思い出し笑いをする彼から、いつもの温かい気配を感じ、少し安心する。
しかしまた知らない名前。
『亜子?』
首を傾げる俺に、あれ?と驚いた表情を見せる。
『亜子のことも話してなかったっけ?』
そう言う彼に、恨めしげに頷く。
『ははっ、ごめんごめん。亜子はね、とっても優しい女の子なんだ。綺麗な子でね…でも勝ち気というか、おてんばというか……黙っておしとやかにしていれば、ちゃんといいところのお嬢様に見えるのに、亜子はね…
男共に混じって刀振り回すような子でね…これがまた強いんだよ』
どうしようもない子でしょという苦笑を浮かべる。
懐かしむように微笑む彼は、儚く見えた。
名前のとおり、光に溶けて消えてしまいそうだった。
俺はその二人に、少しだけ嫉妬した。
だけど反対に、感謝もした。
俺の知らないところでも、彼は変わらず微笑んでいたんだとわかるから。
亜子と要。
顔も知らない彼の親友。
『…きっとまた会えるよ』
俺は心からそう思った。
『……そうだと、いいな』
それなのに、彼は期待していないような返事をする。
『会えるよ。そうじゃなきゃ、お前がこうしてここに存在してる理由がない!お前と同じで、変わらない魂を持って、この世に生まれてきてるよ!!』
力強く言い切った俺を、漆黒の瞳で見つめてくる。
『…そうか、そうだよね。きっと二人も、この地のどこかに必ずいるよね…?』
震えた声が漏れる。
『ああ、いるさ!!』
俺はまた、力強く頷いた。
『会えたら、いいな……いや、違うか…会うよ、必ず。いつかまた、みんなの笑顔に』
そう言って、彼も強く頷いた。
優しい笑顔を俺に向けてくれた。