ゲーム日記

□ラダトーム
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殺気立っている勇者の迫力に圧され、男が腰を抜かした。そんな男に詰まらなそうな一瞥を投げ、ソルはテーブルに視線を向けた。そして、カイが飲んでいたグラスの内側を指でなぞり、ペロッと舐めた。瞬間、それをベッと吐き出し、男を眼で射殺す勢いで睨み付けた。
「テメェ、どこのどいつに手ェ出そうとしたか分かってんだろうな!ガキを作れねェ体にされたくなけりゃ、今すぐ消えろ!!」
勇者が吼えると、男が股間を押さえながら脱兎の如く逃げ出した。そんな男には興味が失せたとばかりに、次は黙って店主へと鋭い視線を投げた。すると、店主が申し訳なさそうに頭を下げた。
「気付かずに申し訳ない…。あの男は金輪際立ち入り禁止にするよ」
「客に目が行き届いてねェんじゃ、繁盛しねェだろ。この宿ごとテメェも焼き殺して……」
「た、立ち入り禁止じゃなく、町から追放する!私ももっと真剣に取り組むと約束する!!だ、だから命だけは……ッ!!」
「ククク…クックックックック、賢明じゃねェか。俺とこいつの顔を忘れるなよ。もし次に来た時に同じような真似してやがったら容赦しねェ。この町ごと焼き尽くしてやる。忘れるな、全てテメェの責任だ」
これが勇者のセリフだろうか。店主がガタガタと震えながらへたり込んだ。そんな店主を壮絶な笑みを浮かべて見下ろす勇者に手を伸ばす者がいた。力の入らない手で、カイがソルの頬を抓ったのだ。
「謝れ、馬鹿。私が…悪いんだから……」
「!」
制止する力など無きに等しい仕種だったが、ソルの怒りを静める充分な威力があった。カイが何か一つの事を言うだけで、ソルは彼が何を言いたいのかを察する事が出来る。カイもそれを知っているから、これだけでソルの動きが止まると解っていた。先程の男をしっかりと見極められなかった自分の責任であって、店主を責めるのはお門違いであるとカイは言ったのだ。
「……坊や」
「ごめん…立てない」
ソルに支えられてどうにか立っているが、膝に力が入らず、自分では立っていられないのだ。いつもなら手加減無しの鉄拳か、蹴り、最悪雷が落ちていただろう。ソルは震える手を握ってやり、そっと華奢な身体を抱き上げた。だが、そうして触れられる事自体が辛いのだろう。身体を小さく硬くし、苦しそうに息を詰めて懸命に声を殺していた。そんな彼が痛々しく、ソルは早足で上階へと向かった。その後を震える足腰で店主が付いて来る。カイを抱きかかえているソルは両手が塞がっていて、扉を開けられない。脅迫紛いな言葉を吐かれた勇者にも拘らず、それでも扉を開ける為について来たのは、カイの健気な姿を目の当たりにしたからかも知れない。扉を開け放ってソルを中に入れると、店主がベッドを整え、水差しを用意し、部屋を整えてくれた。さすがに長年経営してきただけあり、動きに無駄が無い。そして、何も言わずにすぐに部屋を出て行こうとした。そんな背中に、
「有り難うございます」
カイが感謝の言葉を投げ掛けた。すると、頭を深々と下げて出て行った。そんなやり取りを黙って見ていたソルが、目を細めて穏やかに笑った。ようやく表情が柔らかくなったソルに安堵し、カイは水差しに手を伸ばした。だが、着ている服が擦れるだけでも声を上げそうになり、慌てて口を塞いで声を殺すと、小さく丸くなった。
「辛ェな。もう大丈夫だ」
水差しでゆっくりと水を飲ませてやり、ソルはそっと瞼に口づけた。そんな優しい仕種に、カイの瞳から涙が零れた。それが喜びや、嬉しさからではなく、悔しさからきている事に気付き、ソルは怪訝そうに眉間に皺を寄せた。
「……ぅ…ひ、一人で行くって、決めたんだ」
「あぁ、悪かった」
「謝るな。私は一人でも大丈夫…、大丈夫だから…」
「そうやって言い聞かせなきゃ行けねェなら無理だ、やめとけ」
どう見ても無理をしているようにしか見えないのだが、それでもカイは俯いてソルを見ようとせず、頭を振って拒絶した。
「坊や一人じゃ馬鹿まで辿り着けねェだろうが」
「そんなの、やってみなくちゃ分からないじゃないか」
カイの頑なな拒絶にソルは苛立ち、胸倉を乱暴に掴むとその華奢な身体をベッドに押さえ付けた。
「ハッ、こんな所で一服盛られてる奴の言うセリフか」
「?何を言って……は、放せ」
男の手加減無しの力に、カイが苦しそうに眉根を寄せた。そこでソルはふと彼が自分の今の状況を把握出来ていないのではと、疑問に感じた。胸倉を掴んでいた手を離し、下肢に手を伸ばすと、服の上からカイの中心をおもむろに押さえた。
「あッ」
鼻に掛かったような声を上げ、カイの身体が大きく跳ねた。ソルは黙ってそんな彼の様子を見ていた。
「ん……?」
うっとりとした表情が引くと、カイが不思議そうな顔をした。股の辺りが濡れ、それが広がっていく事に気付いたようだ。
「……あ!」
カッと羞恥に顔を歪め、男の腕の中から逃れようと逞しい胸板を押し退けようとした。そんな彼の抵抗を、手を掴んで押さえ付ける事で封じ、ソルは黙ったまま彼を見下ろしていた。
「放せ!」
力の差は歴然としていたが、カイは必死に暴れた。直接触れられた訳でもなく、しかも押さえられただけで精を出してしまった事が恥ずかしく、ソルを見られなかった。そして、そんな様をソルに見られているだけで、身体が熱く疼く。顔を背けてきつく目を閉じ、シーツを足で蹴って、どうにか逃げようともがいていた。だがその時、――
「え……?」
カイの動きが止まり、信じられないと言う風に目を大きく見開いて視線を下に落とした。ソルは触れていない。構造的に脚を擦り合わせても触れる事は無い。それなのに、――
「……嘘、嘘……違う」
意思とは無関係に次の快楽へ向けて動き出す自身に、カイが蒼褪めた。
「馬鹿が、薬盛られてる事に気付いてもいなかったのか?」
「何?薬??そんなの飲んでない」
「さっきの野郎から酒を奢ってもらったんだろ。その中に入ってた」
「…………嘘」
再びカイが蒼褪めた。やっぱりかと、ソルがやれやれと溜め息を吐いた。
「それでよく一人で行くって言えたもんだな。初日でこれだぜ」
止めの言葉に、カイは口を閉ざし、悔しそうに唇を噛んだ。反論の余地など無い。油断。判断ミス。全てカイの責任だからだ。今まではその全てをソルが背負っていたのだ。そのおかげで今までカイは何不自由無く旅をして来られたのである。
(そうだ。ソルはずっと……)
ソルが自分を護ってくれていたのは魔物からだけではないのだと、カイはこの時初めて知った。道中、そして安全だと思っていた町でも、ずっと油断をせず、隙を見せず、気を張り詰めていたのだ。自分自身と、そして供のカイを護る為に。それがどれ程の消耗になっていたのか、アリアハンからこのラダトームまでの道のりで、カイは身を以って知った。たったこれだけの距離で、カイは弱気になっていたのだ。
(情けない……っ!)
余りの情けなさに滲む涙を乱暴に拭い、力の入らない身体で懸命に起き上がろうとした。
「おい?」
「助けてくれて有り難う。でも、私は大丈夫。次からは気を付けるから……迷惑を掛けてごめん」
「カイ、少し頭冷やして……」
「私は一人ででも大丈夫!ソルは地上に戻ればいい!これ以上お前が進む義務は無いんだから!!」
ソルの言葉を遮り、カイは頭を振って拒絶した。言葉ででもソルに勝った例がないのだ。言い含められたら、またその優しさに甘えてしまう。結果、再びソルを犠牲にする事になるのだ。勇者だから魔王を倒すのは当然だと、そんな勝手な押し付けが、どれ程ソルを傷付けて来たのかを知った直後だったのだ。カイの瞳に涙が浮かんだ。
「顔上げろ」
ソルの言葉にも頭を振って拒絶し、カイは俯いたまま涙を必死に堪えていた。だが、堪えても次々と溢れてくる涙に、身体を震わせた。やれやれと内心で小さく嘆息すると、そっとカイの顎に手を掛けて上を向かせようとした。それにも拒絶し、カイは顔を振ってソルを見ようとしない。逃げようとする彼を強引に引き寄せ、ソルは唇に口づけた。触れるだけのものではなく、口内へ舌を挿し入れ、歯列をなぞってカイが感じる所を責めた。薬によって感覚が研ぎ澄まされ、敏感になっているカイには堪らなかった。身体の中心が熱く疼き、強請るようにソルの服を掴んで縋り付いた。
「あ……ふ…」
飲み込みきれなかった唾液が唇から伝い落ち、銀の糸を引いた。零れた唾液を指で拭ってやり、震えるカイの身体を支えると、ソルはこつんと額を合わせて小さく笑った。
「そうだな、勇者として進む義務は俺には無ェ。馬鹿が直接俺の邪魔をしに来ない限り、害でもねェし、どうでもいい。他の人間がどうなろうと、知った事じゃねェんだ」
「うぅ……さ、最低……」
「クックック、今に始まった事じゃねェだろうが」
トロンとしてしまったカイの唇にそっと触れるだけの口づけを落とし、ソルはその真紅の瞳で紺碧の瞳を見据えた。キスで一呼吸入れたおかげで、カイの意識が鮮明になったようだ。真剣な男の眼差しに緊張し、カイが息を呑んだ。
「だが、お前は別だ、カイ。このままお前が進んで、俺の知らない所で勝手に死んでみろ。お前を殺したこの世界を滅ぼしてやる。草の根一本生えない地獄にしてやるぜ」
「……っ!」
「もう一度訊くぞ。お前一人じゃ馬鹿まで辿り着けねェだろ」
「あ……」
真紅から黄金に移り変わっていく瞳に、カイは竦み上がってガタガタと震えた。それでも一人で行くと言えば、今は何も言わず身を引くだろう。だが、カイが倒れたその瞬間、ソルは魔王ごと世界を滅ぼす為に動き出す。メガデス級、否、それ以上の強さの勇者を本気で怒らせたら、魔王であろうとただのチリだ。誰に止められるだろう。次の勇者でも現れない限り無理だ。だが、ソルは甘くない。勇者の存在を知った瞬間、人任せにせず、育つ前に自らの手で確実に息の根を止めるだろう。そこまで考えを巡らし、カイは気が遠退いた。いつの間にかソルが魔王になっている。だが、それでもカイには耐えられない事があった。厚い胸板を殴ろうと振り上げた手を掴まれ、ソルが本気であるのだと確信する。掴まれた腕がビクとも動かない。カイは悔しそうに男を睨み上げた。
「分かってる!分かってるよ、一人じゃ無理な事くらい!!行ける所まで行って、それがソルの役に立つならそれでいいって思ってた!!こんなちっぽけな命が少しでも役に立つなら、それで良かったんだ!!」
「それが答えか?」
「だって、仕方ないじゃないか!ソルが傍にいたら、頼ってしまう!甘えてしまう!そうしたら、私はまた……お前を、傷付ける……」
涙が溢れた。だが、――
「ぅ、うわあああああああぁ!」
堪える事など出来なかった。空いている左手でシーツをきつく掴み、声を上げて泣いた。恥も外聞もなくカイは泣き崩れた。




自分の身もまともに護れないのに、困っている人を放っておけなかったのだと思うと、恥ずかしかった。
ソルが護ってくれていたから、他の人に目が行けたのだ。
もしも今、困っている人が目の前にいたとしても、自分の事で頭が一杯で何も出来ないだろう。
いや、困っている人自体に気付かないかも知れない。

それ位、余裕が無いのだ。

ソルがカイに気付かせない何気無い仕種で、ずっと大切に護ってきてくれたからだ。
それを知った今、またソルの庇護の下で「魔王を倒したい」なんて言える筈もなかった。

魔王を倒すのはソルであって、カイではない。自分を護るのはソルであって、カイではないのだ。

全ての責任や重圧をソルに預け、自分は安全な場所でのうのうと指示を出す。
それをソルは笑って赦し、カイが望むように、カイが喜ぶように動いてきてくれたのである。
勇者が負う大きな負担や傷に自分は一切気付かずに、何が勇者を護る、だ。
勇者を一番犠牲にしているのは、供の自分だ。役に立つどころか、足手まとい以外の何ものでもないではないか。

それで、どうして助けて欲しいと言える?
言える訳がないだろう。

ソルがザコと言わなかった唯一の強敵でもある魔王を倒す為に、死んでくれと言うようなものだ。
そして、カイは知っていた。

ソルは笑って赦す。
一人では無理だと助けを求めたら、魔王を倒して欲しいと頼んだら、カイを赦して全てを背負い、その全てからカイを護るだろう。
優しい男なのだ。

それが、今は辛かった。
カイは心からソルを愛しているのだ。
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