紅色舞姫
□第一章・漆
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最北端、畠山領の城、その隅にある厨房で何故か黄色い嬌声が上がっていた。
「ねぇクロ君、よかったらこっちも食べてみて」
「クロ君次の交代まであとどのくらい?」
「あ、ありがとうございます、申し訳ないんですがあと少しで交代です」
女中達の中心でクロと呼ばれた人物、もとい漆姫は彼女達の問いにぎこちなく微笑んだ。
確かに女の姿でいるとあらぬ噂が流れるのを危惧して男装しているのは自分なのだがこうも好意を寄せられると複雑な気分になる。
ふぅ、と漆姫は顔を、正確には瞳を見られないように目深に被った頭巾と髪の間から己の姿を見下ろした、頭巾に加えて全身を覆う黒い外套、ぱっと見だと体型が分からないのでたいていの人間は帯刀している事で男だと勘違いしてくれる。
余談だがこれは以前野党を相手にしていた時に着ていたものであり、『クロ』という名はその姿を見た成実が面白半分に付けた名前だ。
「それじゃあクロ君、次の休憩の時も寄ってねー」
「はーい」
別れを惜しむ女中達に手を振ってから漆姫は深々とため息をついた。
「あ、あんまりだ…!」
女中達にモテると何かとよくしてもらえるのだが何故だろう、女として何か違う気がして漆姫は先ほど貰ったお握りを見つめた。
「よ!今日もモテてんなー」
「成実様…」
がっくりと肩を落とした漆姫の後ろから対称的な明るさの成実が現れた、訓練から抜け出して来たのかその手には木刀が握られている。
「お疲れ様です…食べますか?」
「食う!!」
間髪入れずに返事をすると成実はその場に座り込んだ。
「ありがとな、漆姫…っと、クロはそこいらの男に比べると物腰が柔らかいし丁寧だからなー、そこが女中受けするんだろうな」
「男の方と比べられても…嬉しくないです」
もっしゃもっしゃとお握りを頬張りながら真剣な顔で考察をする成実と並んで漆姫ははぁ、とため息をついた。
「寧ろ女の子と比べても品が良いんだよな、どっか良いとこにでも奉公してたのか?」
「それ、は」
「あ、わり、忘れて忘れて」
不意に口ごもった漆姫に成実は慌ててそこで無理矢理会話を終了させた。
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