紅色舞姫
□第一章・陸
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ばたばたと廊下をこちらに向かって駆けてくる音を聞き付けて、漆姫は読んでいた書物から視線を上げた。
漆姫が初めて城に来た夜、もとい軟禁という名目で部屋に閉じこもってから既に四日が過ぎた。
綱元は気軽に言っていたものの、やはり端から見れば自分は十分に怪しい存在であることは重々承知していたため、この待遇に反論はない、寧ろこの程度で済んだ事が奇跡だと思っている。
『軟禁』と銘打ってある以上、多少の不便さを覚悟していたが、当初の自分の発言がこの状態を引き起こしてしまった事を申し訳なく思ったのか、軟禁初日に綱元が大量の書を貸してくれたのでさほど退屈もしていない。
それに、と漆姫はもう目の前まで迫った足音に思わず頬を緩ませた。
「よーっす、今日も梵と小十郎を撒くのにてこずったぜ、…元気してた?」
「お蔭様で、退屈する暇もありません」
それって褒めてる?と居心地が悪そうに顔をしかめた成実に漆姫もその正面で居住まいを正しながら苦笑する。
「ま、良いか、仕事ほったらかしてんのは事実だし」
「……やらなくて良いんですか?」
「……漆姫まで小十郎とか綱元みたいな事言うのなしー」
聞き分けのない子供の様に耳に手を当てると成実はそのまま畳にべちゃっと寝そべった。
「あ、そんな風に寝転んでいたら行儀悪いですよ!今円座を出しますから」
困ったように眉を寄せて近くにあった円座を引き寄せている漆姫を感心したように見上げながら成実は俯せの状態から仰向けになる。
「ところでさ、このあと暇?なんか用事ある?」
「…暇、というか軟禁されてますから……」
用事なんてある訳がない。
「ふーん、じゃ、好都合だわ」
「え?」
言うが早いか、成実は首を傾げながら円座を差し出していた漆姫の腕を掴むと、起き上がりざまに変な掛け声と共にひょいっと肩の上に担ぎ上げた。
「そーい」
「ひゃあっ!?」
「おーおー、軽い軽い、これで俺と同じ十八歳っていうんだから女の子神秘、野盗達もガキと間違えるはずだなー」
「ちょっ…下ろしてください!」
じたばたともがく漆姫ににやりと笑いかけながら成実はそのままどこかへと歩き出す。
「まーま、暇なんだろ?ちょっと付き合えってば」
その横顔に数日前の政宗の面影を見た漆姫は、どうあがいても逃げられない事を悟ったのだった。
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