紅色舞姫

□第一章・漆
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「言いたくない事は聞かねぇよ」

「すみません…」

ぽんっと成実が頭に手を乗せるのに合わせて漆姫はしゅんっと申し訳なさそうに目を落とした。

「まーそんな顔するなってのー、漆姫が悪いんじゃねぇんだから」

「テメェは悪いがな」

「……へ?」

突然聞こえた低い声に成実の動きが止まる。

「あ、片倉様」

「………っ!!」

「成実、遠征先でまでサボるとは良い度胸じゃねぇか」

とっさに逃げ出そうとした成実の首根っこを捕まえて小十郎が低く唸る、その恐ろしさといえば怒りの矛先を向けられていない漆姫が顔色を変える程である。

「あ、えっと…私!見張りの交代があるので失礼します!」

言うが早いか漆姫はぱっと身を翻して門の方へ走り去っていった。

「げ!ちょ…漆姫助け…」

「女に泣き付くな、見苦しいぞ」

「……何やってんだ小十郎」

「政宗様…」

漆姫が消えた方とは反対の方向から怪訝そうに政宗が顔を出した、大の男が大の男の首根っこを掴んでいるのはそれなりに妙な光景だ。

「大方成実がなんかしたんだろ」

「俺の扱い酷い!」

「そう思うなら日頃の行いを改めろ…しかし、本当に問い詰めたかった奴には逃げられたみたいだな」

楽しそうに笑う政宗とは逆に小十郎の表情は渋いものになる。

「当たり前です、今は何事もありませんが万が一あれが何か事を起こせば……」

「だがその気配はない、そうなんだろ?」

「………っ!」

ぐっ、と小十郎が言葉に詰まる。
そう、現在の小十郎の悩みの種は成実より漆姫である。
少しでも不審な動きを見せたなら堂々と粛清できる、が漆姫にはそれがない、それどころか周りの兵からも可愛がられるほどくるくるとよく働いている。
が、ならば何故彼女は素性を、目的を明かさないのか、それが警戒を煽る。

「だよなー俺だって最初は女の子だからちょいちょい気ィつかってたのよ、したら怒られた」

ぶらーんとぶら下げられたまま成実もぽんっと手を打った。

「ほぉ、そいつは初耳だな?」

「女の子が体冷やしたら駄目だろ?だから温石でも持って行ってやろうと思ったんだけどさ、そしたらもう綱元張りの説教」

げんなりと肩を落とす成実に二人は目を丸くした。

「何て言ったかな、…長すぎてあんまり覚えてないんだけど、…あー駄目、なんか良い事言ってた気がするけど思い出せねぇ」

「見上げた謙虚さじやねぇか…ところで成実、温石といえば二、三日前に俺の温石がなくなってたんだが、あれはテメェの仕業か」

「ハァ!?いくらなんでも梵のをやるわけねーだろ!ちゃんと俺のやったよ」

一体何が『ちゃんと』なんだ、と小十郎がため息をついている横で成実は何故か誇らしげにこう付け加えた。

「んで、俺が自分のの代わりに梵のやつ掻っ払った」

「結局テメェが原因じゃねぇか!!」

人目がないとはいえ他人の城で驚くほど盛大に鬼事を始めた主君とその従兄弟に軽い目眩を感じながら小十郎は漆姫が消えた方向を見つめた。

「何を考えてやがる…?」



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