‡連載短編集‡
□過去拍手@
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桜の花びらが宙を舞い、暖かい風が私の髪を揺らした。
暖かい紅茶の香りに誘われて、ピアノの音色が耳に届いて…
空を見上げれば、音色に合わせて雲が揺れ動いているような気がした。
『…綺麗……。』
私の感動はピアノの音色でも雲の流れでもなくて…
そこに佇む、彼の存在だった。
悪魔に綺麗だなんて言うのはどうかと思ったけれど、否定することはできなかったから…
「…どうかしましたか?」
『別に…何でもないわセバスチャン。』
素直に答えていいものなのか…
ピアノから席を外してこちらに向かってくる貴方は笑みを浮かべて私に近づく。
「…綺麗……ですか?」
『…聞こえていたんじゃない。』
そう、彼は何時だって狡いの。
私が素直じゃないって分かってるから、そうやって私に言い聞かせるように繰り返すの。
「…聞こえたものですから………それより、"綺麗"ってピアノの音色がですか?………私には違う意味にも聞こえましたが…」
セバスチャンは笑っていた口元をさらに強めた。
『…………そうよ。』
少しだけ抵抗。
貴方に抵抗したって敵わないって分かってる。
それでも私は素直にはなれないから…
「…そうですか。なら構いませんが、ピアノの音色が気に入って頂けて良かったです。」
『…ええ。ありがとう、セバスチャン。』
馬鹿な私。
もう少し素直になれたらいいのに…
セバスチャンは私のことどう想ってるのかしら…
『………………。』
「私は……貴女が一番綺麗だと思いますよ。」
心を読まれた…
さすが…ね…
それに何を言い出すかと思えば、よくそんな台詞を恥ずかしげもなく言えるな…と思いながら感心していたが、私の心は不覚にも脈を打っていた。
『……………。』
「…………。」
もう知らない…。
セバスチャンにはやっぱり敵わないのね。
いいわ、言ってあげる。
『……貴方のこと、綺麗だな…って思ったのよ。』
胸の鼓動は更に速度を増して、私の心臓を潰してしまいそう。
「…クスクス……」
『…笑わないでよ……。』
あーあ、もう最悪…
言わなければよかった…
「…すみません、あまりにも、貴女が可愛かったものですから……」
『……………。』
それが私の記憶の最後…
あの人は私の心をどれだけ掴めば気がすんだのだろう…
何でもない、いつもの日常で…
変わったことなんて一つもないって…思ってた…
これからも変わらないって…
変わり始めたのは自分だと気付かずに…
桜の花びらが宙を舞う
想いの欠片も飛んでいけばよかったのに…
あの頃の日常が消えてなくなるなんて、思いもしなかった。
そうすればこんな辛い想いをしなくてすんだのに…
貴方を離れる日なんて…
私の小さな小さな想い出の欠片…
貴方が好き…
この想いは、もう届かないの…
end