* 蕎 麦 御 膳 *

□仮 初 め の Side:S
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いつだって貴方には敵わない。敵うわけがない。

貴方は雲の上の人で。
誰からも慕われていて。
僕も貴方にとってはただ『その中の一人である』というだけで。

無邪気な振る舞いの中に時折見せる、歳月を感じさせる憂いを帯びた表情だとか、


僕を呼ぶ、声、だとか。



伝えればきっと壊れてしまう。けれども、もう。


「おやすみ。」

師は僕にそう告げるとまるで蓑虫のように布団に包まった。この人は。本当に大人げない。しかし、いつもならばなかなか寝付けないらしく、くだらない冗談を言ったりもぞもぞと何度も体の向きを変えたりしているのだが。今日は余程疲れているのだろうか。身じろぎ一つしないばかりか、物音一つさえたてない。

「もう寝るんですか。」

纏わり付く、空虚感。

声が聴きたかった。
いつものように、貴方の声が。

「ちょちょちょっと何してんの!?」
「見ての通りです。」
「み、見ての通りって君…。」

気付けば僕は師の身体に跨がっていた。

「今日は疲れちゃったし、あの。」

明らかに困惑した表情を浮かべる貴方が、純粋に可愛くて。


「何顔赤らめてるんですか。気色悪い。」

そんな強がりを言って師の頬を張った。

ばれるわけにはいかない。

「痛った…い。何すんの曽良君!?」
「少し黙ってて下さい。」
「えっ…やめっ…」


我ながら酷だと思う。
ただただ一方通行で、思考と行動が伴わない。
こんな事、どちらにとってもただ苦痛で辛いだけの行為。

心も、身体も。

「曽良、くん」

この瞬間だけでも繋ぎ留めておきたくて、貴方のその熱っぽい瞳を射抜く。

僕だけを見ていてくれれば良いのに。

そんな事を柄にもなく純粋に考えてしまう僕は、いよいよ末期である。

「ごめんね。」

ついに。

「どうして貴方が謝るんですか。」

「だって」

当然だろう。
優しい言葉の一つもかけず、己の欲望のために貴方に朱を刻み続けているのだから。


「何か言って下さい」

早く終わらせて欲しかった。
不毛な行為も。不毛なこの想いも。

でも。

「曽良く「黙れ」

「んぅ…っ」

答え。
そんなもの多分いつまでも解らない。

でもたった一つ解ったこと、それは

貴方の隣に居る今が

この上無く”幸せ”だということ。



「では僕はもう寝ます。おやすみなさい。」

「ちょっ…曽良君!?」


貴方の温もりが、今もなお

仮 初 め の

( 一 生 、 叶 う は ず の 無 い 願 い を )

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