桜日記

□一緒に祝おう
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「おい斎藤」

「なんだ?」

「なんだじゃなくて!なんで帰って来たんだよ」

「帰って来たらまずかったか?」

「おまっ…仮にも彼女の誕生日だぞ?どっかの夜景が綺麗な高級ホテルでディナーとかいろいろあるだろう!何こんなに早く帰ってきてんだよ」

「早くと言ってももう6時だ。それにホテルでディナー…それは学生の俺たちにはいささか敷居が高いように思うが…」

「例えばだっつーの!」

いちいち腹が立つ奴だなホント。

僕が言いたいことがサッパリ伝わってない。

「だからっ!」

「…千鶴が」

「は?」

「千鶴が…一番喜ぶ誕生日にしたいと思う」

「だったらもっと!」

もっと何かあるだろう!

何デート切り上げて帰って来てんだよ!

「今日は薫も誕生日だろう?千鶴は薫も一緒に祝うことを望んでいる」

「なっ…何言って…」

「いつも二人で誕生日を過ごして来たと…それをとても嬉しそうに千鶴は話してくれた」

その時の事を思い出しているのか斎藤は伏せ目がちに微笑んでいた。

千鶴と同じだ…千鶴も斎藤を思い浮かべる時、今まで見たことが無い様な笑顔を浮かべるんだ。

なんだよ、こいつら…どこか悔しさを覚え、それを堪えるようにギュッと拳を握りしめた。

「千鶴はお前と一緒に誕生日を祝うことが何より嬉しいのだと思う」

「そんなのっ…子供じゃないんだし」

「そうだな…いつかは薫の言うような誕生日を迎える事もあるだろう…でも今はまだ良いのではないだろうか、薫と一緒に祝うことで千鶴が笑顔になるのなら俺はそれを叶えたいと思う」

「…っ」

なんだよ

バカちづ…それに付き合う斎藤もバカだ。

僕のことなんか忘れて楽しめばいいのに…

「…まったく、仕方ない妹だな」

「兄思いの良い妹だと思うが?その逆もしかりで…羨ましいものだな」

「何言ってんのさ…」

こいつの言葉はいつもストレート過ぎて落ち着かない。

妙な照れ臭さについ、顔をそむけると斎藤が何かを差し出した。

細長い包みが目の前に置かれる。

「…何?」

「誕生日おめでとう。いつも薫には委員会で尽力して貰っているからな、誕生祝いだ」

「へぇ…意外だね」

まぁ、貰えるものはありがたく貰っておくけどさ。

包みを開くと一膳の箸が現れた。

艶やかで濃い藍色、持ち手の部分に控えめながら上品に桜があしらってある。

どこか大人っぽいそれは花柄だと言うのに男物とわかる印象だった。

「あ、薫も斎藤さんに貰ったの?」

エプロンを付けた千鶴が楽しげに声を弾ませて駆け寄ってきた。

“も”ってことは…?

「私もね、ホラちょうど見せに来たの。斎藤先輩にいただいたんだよ」

千鶴が持つ箸は俺と揃いのようで淡い桃色に俺のよりも少し大きめに同じような桜が描かれていた。

こちらはひと目見て女物とわかるくらいに華やかさを備えている。

まるで千鶴のは昼の桜で僕のは夜の桜のようだ。

「…ふぅん悪くないんじゃない。千鶴これ使うから洗っておいて」

「うん」

気に入ったなんて口に出来るはずもなく箸を千鶴に押しつける。

千鶴には僕の気持ちがわかったのかクスクス笑っていた。

そこでふとあることに気付く。

「おい斎藤これってまさか…」

「安心しろ、別に夫婦箸などではない」

考えを見越したのか斎藤が穏やかに答えた。

当たり前だ!兄妹で夫婦箸を使うなんて寒過ぎる。

「薫、私からも誕生日プレゼントがあるの。はい」

千鶴がよこしたのは…サボテン?

掌に乗るくらいの小さな鉢。

ご丁寧にリボンが巻いてありその中に丸いサボテンが可愛いらしげに埋まっていた。

「………」

「薫、何か部屋に植物が欲しいって言ってたでしょう?でも世話するのは手間だって言ってたからサボテンにしたの。これなら時々お水あげるだけで大丈夫だから」

「………」

手にしたサボテンをじっと見つめる。

相変わらず人が予想できない事をする妹だ。

双子でありながら時々思考回路がサッパリ読めない。

「…ダ、ダメだった?」

黙ったままの僕を千鶴は心配そうに覗き込む。

高校生になっても相変わらず千鶴はすぐ泣きそうになるんだから。

「別に…いいんじゃないコレ、貰っとく」

「良かった。ね、薫は無いの?私にプレゼント…あ、もう貰ってたね」

「え?」

あげた覚えなんか無い。

それに用意したソレはまだ僕のポケットの中にある。

なのに千鶴は僕にニッコリと笑顔を向けて言った。

「だって斎藤先輩と過ごす時間をくれたでしょう?」

「…っ」

本当にバカじゃないのか?

満面の笑みで勝手な解釈をして…どこまで人が良いんだよコイツ。

「そんなワケないだろ」

「え?」

「なんで僕がそんなプレゼントしなきゃいけないのさ」

キョトンとする千鶴にポケットに入れっぱなしで皺の入った小さな包みを差し出す。

千鶴の顔が少しだけ嬉しそうに緩んだ。
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