桜日記

□一緒に祝おう
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『一緒に祝おう』


「いよいよ明後日だね」

千鶴が朝の日課のカレンダーを捲って小さく呟いた。

コーヒーを飲む手を止めて顔を上げる。

「…何が?」

「何がって…もう、薫ってば!私たちの誕生日でしょう」

「…そうだっけ」

「いつも忘れちゃうんだから」

千鶴が呆れたように腰に手を当てて溜息をつくが気に留めない風を装って再びコーヒーに口を付ける。

フン、そんなの忘れるハズないだろ。

忙しく留守がちな両親のせいで誕生日はいつも二人で祝って来た、どうせ今年も…

いや、今年は違うのか?

「そういや斎藤は何も言って来ないのか?」

「薫、斎藤“先輩”でしょ」

千鶴の訂正をいつも通り無視して流す。

先輩なんて付ける気はさらさら無い。

「せっかく誕生日が休日だってのに甲斐性なしだなアイツ」

「そ、そんな事ないよっ」

面白くないことに高校に入って間もなく千鶴に彼氏が出来た。

僕と同じ風紀委員で一学年上の斎藤一。

剣道部に所属する斎藤はなかなか強くて頭も良いらしく巷で人気があるらしい。

そんな奴と何がどう転んでそうなったのかサッパリわからないが千鶴にしてはまぁまぁ見る目がある方だろうな、認めちゃいないけどね。

そんな事を考えていると不意に千鶴がとても嬉しそうに笑った、その顔に思わず顔をしかめる。

「ふふっ、斎藤先輩とはね明日お出かけする予定なの、お祝いしてくれるんだって」

「は?なんで明日?」

「なんでって…明後日の当日は薫と一緒にお祝いしたいし」

なんだと!?

「はぁ?そういう気の使われ方って本当腹立つんだよね」

「薫?」

一気にコーヒーを飲みほしてトンッとテーブルに置くと側に置いていたカバンに手を掛ける。

千鶴は困ったような顔をして僕を見ていた。

チッと舌打ちをして視線を逸らす。

「いいから当日は斎藤と出かけろよな」

そう言い捨てて僕はそのまま家を後にした。







校門に立ち、登校する生徒の服装チェックと遅刻者の取り締まりが主に風紀委員の朝の仕事だった。

ちょうど登校する生徒が途切れた時、僕は並んで立つ無愛想な男をチラリと見て声を掛けた。

「おい斎藤」

「…何だ?薫」

斎藤は手にしたチェック表のボードから少しだけ視線を僕に移す。

「名前で呼ぶなって言ってるだろ」

「…すまない千鶴がいつもそう呼ぶものだから移った」

ムカッ!それって何?

遠回しなのろけ?

「…斎藤、ワザとやってんの?」

「?何のことだ?それよりも…俺は確か先輩のはずだが」

「だから何?斎藤は斎藤だろ」

「そうか…では俺も好きに呼ばせて貰おう、薫」

むっかぁぁぁ!

時々コイツって沖田と別の意味で腹が立つんだよな。

くそっ、話がそれた。

「千鶴に聞いた、明日の予定を明後日に移せよな」

「何故?」

「いいから誕生日当日に千鶴を祝ってやれって言ってんの!」

ああもうなんで僕がこんなことを!

有無を言わせぬ勢いで睨みつけると、しばらくじっと僕を見つめていた斎藤が小さく頷く。

「わかった」





*・*・*・*・*・*・*・*





「ん…ふぁぁぁ」

ベッドの上で欠伸と共に伸びをする。

夕べ遅くまで起きていたせいか随分と寝坊してしまった。

時計を見れば既に昼を軽く通り越している。

着替えて居間に行くとテーブルにサンドイッチが置いてあった。

千鶴が用意してくれていたらしい。

壁にかかったカレンダーの日付は、俺たちの誕生日当日。

「…ちゃんと斎藤と出かけたってことだよな」

タマゴサンドを銜えたまま冷蔵庫を開けて牛乳をコップに注ぐ。

振り返れば静かな部屋。

少しだけしんみりして思いを馳せる。

今頃千鶴は楽しんでいるだろうか。

毎年決めたわけでもないのに行っていた兄妹のプレセント交換。

今年は必要ないのかもしれない。

なんとなく部屋から持ってきてしまった小さな包みを軽く眺めて乱雑にポケットに押しこんだ。









「ただいまー」

「お邪魔します」

「は?」

玄関から聞こえた予想外な声に横になっていた体を起こす。

まさかと思って振り返ると…背後に並んで立つ二人。

「…ちょっと待て、なんでお前たちが家にいんだよ!」

「なんでって…帰ってきたんだよ?ただいまって言ったでしょ。今すぐ夕ご飯の支度するね。斎藤先輩、適当に寛いでてくださいね」

「ああ」

「はぁ?」

サンドイッチを食べきってダラダラとテレビを見ていたら千鶴の帰宅。

おまけに斎藤まで連れて来てるってどういうことだよ!
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