桜日記

□嵐の夜に(沖田ver)
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ガタガタと強い風が障子戸を叩く。

遠くの方では雷の音が響いていた。

目を眇めて土方は外を見る。

夜目にも暗雲が立ちこめた空模様がはっきりと見て取れた。

「こりゃ今晩あたり来るな」

「久々の嵐ですね、千鶴ちゃん大丈夫?」

沖田が食後のお茶を手渡す千鶴に声を掛けた。

千鶴はしばらく間をおいて聞き返す。

「大丈夫…って何がですか?」

「雷とか嵐とか、もし怖いんだったら僕が一緒に寝てあげても良いよ」

「ぶっ!ちょっ…何言ってんだよ総司!」

飲みかけたお茶を噴き出しそうになり平助が慌てる。

沖田はそれを冷たい視線で眺めた。

「煩いな、平助はちょっと黙ってなよ」

「黙ってらんねぇって!なんで総司が千鶴と一緒に寝るんだよ!」

「だってほら、女の子一人で怖い思いさせられないじゃない」

「だ…だからって!」

何を想像したのか平助の顔がみるみる赤くなっていく。

それを見てくすくすと笑う沖田。

「心配してくださってありがとうございます。でも雷くらい大丈夫ですよ」

「ホントに?」

「はい、子供じゃありませんから」

「なーんだ残念」

にっこりと微笑んで千鶴に交わされ、沖田はガッカリと言うそぶりで肩を竦め溜息を付く。

平助はどこかほっとしたようにお茶を飲みなおしていた。

すると近藤が何かを思い出したように笑った。

「どうしたよ近藤さん、急に笑ったりして気味悪いな」

土方が少しだけ眉をしかめて問うと今度は軽く手を上げて、すまんと謝る。

「いやなに昔の総司を思い出してな」

「総司?」

「やだな近藤さん、昔の僕を思い出して笑うなんて」

「すまんすまん、まだ総司がウチの道場に来たばかりの頃はずいぶん幼くて雷を怖がっていたなと思いだしたんだ」

「なにそれ!総司が!?想像つかねぇ…超聞きてぇんだけど!」

「総司にもそんな可愛い頃があったのか」

「この総司がねぇ…」

平助、永倉、原田はじろじろと総司を見て思い思いの言葉を口にする。

ムッとした沖田は彼らを軽く睨んだ。

「みんな煩いよ。近藤さんも昔話なんてやめて下さいよ」

「そういやあの頃は雷が怖いって言っては近藤さんに一緒に寝て貰ってたよな」

「…ちょっとなんで土方さんが知ってるんですか」

近藤以外は知らないと思っていたらしく沖田は驚いていた。

「マジで!総司って昔はずいぶん情けない奴だったんだなぁ」

「僕は平助みたいに図太くないからね、繊細な子供だったんだよ…あの頃は」

「ひでぇ」

みんなのやりとりを聞きながら千鶴はクスリと小さく笑って、そっと外に視線を向けた。

遠くの空を稲光が走り抜ける。

嵐は着々と近づいていた。









皆が寝静まる頃、嵐はいよいよ近づいて激しい雷光と雷鳴が轟いていた。

沖田は一人部屋を抜け出してぶらぶらと廊下を歩く。

そしてしばらくするとある部屋の前で立ち止まった。

ポスポスと襖を叩いて中に声を掛ける。

「千鶴ちゃん起きてる?」

………

返事がない。

沖田は少し考えた後、遠慮することなく目の前の襖を開いた。

足を踏み入れれば小さな蝋燭の灯りの中、頭から布団にくるまって座り込む千鶴。

彼女は目をギュッと瞑って両手で耳を塞いでいた。

その光景を見て沖田は口元で小さく笑った後、そっと近づいて行った。

背後から手を伸ばし、彼女の細い腕を軽く掴む。

「何してんの?」

「きゃっ!…お、沖田さん?」

耳を塞いでいた腕を取られ、驚くままに振り向くとにんまりと笑う沖田。

千鶴は既に半泣きの顔を更に歪めた。

「びっくりしたじゃないですか!」

「一応声は掛けたんだけど、返事がないから心配したんだよ」

「す、すみませんっ…あの、何かご用でしたか?」

「うん、どうしてるかなって様子見に来たんだけど…やっぱり怖いんだ?雷」

「っ!」

先ほどみんなの前では大丈夫と答えた手前気まずくて千鶴は俯く。

今更取りつくろうにも遅すぎるだろう。

沖田はその頭をポンと優しく撫でた。

「最初から素直に言えば良いのに」

「べ、別にだいじょ…」

震える声で何か言葉を紡ごうとした瞬間、激しい稲妻が光った。

バリバリバリッドゴーン

続く雷鳴は何かを破壊するような音を立てて響く。

「…っ!」

「………」

「………」

「ふふっ…積極的だね千鶴ちゃん?」

「へ?」

思いのほか近くで声が聞こえ、千鶴は我に返った。

先ほどの雷に驚いてつい沖田にしがみ付いてしまったらしい。

顔を上げれば至近距離で目が合ってしまった。

「ご、ごごごごごめんなさいっ!」

「やだなぁ逃げなくても良いじゃない」

「ちょ、は、離してくださいぃ」

「怖いんでしょ?良いよ、抱きしめててあげても」

「け、けけけけ結構です!」

明らかに沖田はからかっているが千鶴はそれどころじゃなく真っ赤になって離れようともがく

だが沖田の腕が背に回ってどんなに押しても微動だにしない。

「沖田さん〜もう大丈夫ですからっ」

「そうは見えないなぁ…あ、ホラまだ雷鳴ってるよ」

「…っ」

ゴロゴロと体に響く様な音が続けざまに鳴る。

千鶴はギュッと目を閉じて身を固くした。

「…まぁ怖いものは仕方ないよね」

「沖田…さん?」

自分を包む腕の力が不意に無くなり千鶴は目を開いた。

目の前で自分を見つめる沖田の表情がいつになく暖かく優しげで思わず目を奪われてしまった。

彼の手が伸びてそっと頬を撫でる。
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