桜日記

□猫と少女
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いつも見える姿が無いとなぜだかどうも落ち着かない。

何の気なしに屯所内を歩いていると総司に出くわした。

「あれ、一くん誰か探してるの?」

「…いや」

探したところで用事があるわけではない。

なんとなくどうしてるかと思った…それだけだ。

「ふぅん?」

「何だ?」

総司は何か言いたげな視線を向けていたがしばらくしてニッと笑った。

今みたいなまるで悪戯を思いついたかの様な顔を総司は時々する。

「さっき中庭あたりで千鶴ちゃんに会ったんだ」

「それがどうかしたか?」

「べつにぃ…それだけ。じゃ僕は行くね」

「………」

何が言いたかったのかさっぱりわからん。

総司は相変わらず不思議なヤツだ。



別に中庭にいたと聞いたからではないが散歩がてらに様子を見に行くことにした。

だが遠目からにもそこにはもう誰の姿も見えない。

仕事もあるだろうしそうそう同じ場所にはいるまいか…

取り合えずこのまま行ってみるかとぼんやりしつつ足を向ける。



「ニャーニャー」

中庭を通りがかった時、変なところから猫の鳴き声が聞こえた。

その声をたどって上を見上げれば木の上に猫…と千鶴。

少なからず驚いた。

「何故…」

「さ、斎藤さん?」

「…何をしている」

声をかければ途方に暮れたような彼女が驚いてこちらを見た。

そしてしどろもどろに説明を始める。

「…あの、この猫が木に登って降りれなくなってしまっていて…助けようと思ったんですけど」

千鶴は泣きそうな顔で木の下に視線をやる。

同じようにそちらを見れば梯子が地面に倒れていた。

つまりこれで登ったは良いが

「…降りれなくなったワケだな」

「はい…」

「ニャーン」

なんとも彼女らしい話だ。

しょんぼりと項垂れる少女の腕の中で猫は呑気に鳴き声をあげた。

やれやれ…仕方ないな

このまま見過ごすわけにも行くまい。

それにここのところ気付くと彼女のことばかり考えている俺が放っておけるわけもない。

「…そこから飛び降りろ、受け止めてやる」

彼女に向けて両手を差し出せば千鶴は驚いたように目を見張る。

そんなに可笑しなことを言っただろうか。

「そんな駄目です!飛び降りたら斎藤さん潰れちゃいます」

「お前は俺をなんだと思ってるんだ。いいから来い」

「でも…そうだ猫ちゃんだけでも」

千鶴は抱えていた猫を俺の方へと差し出した。

自分より猫が先とは…まぁいい。

簡単に受け渡せる距離ではないが千鶴が極力近づけてから手を離そうと体を伸ばす。

「おい、もう猫を落とせ。お前の方が危ない」

「えっ、あ…はい…きゃっ!」

「千鶴っ!」

猫を離そうとした瞬間、猫が動き千鶴が体制を崩す。

落ちて来た猫を難なく受け止めて上を見れば千鶴が木にしがみ付いていた。

千鶴のいる細いその木の枝は不安定に小さく揺れている。

「おい、大丈夫か?」

「斎藤さん猫は?」

叫んだ声が同時に重なる。

こんな時にもまだ猫が先か。

「問題ない。ちゃんと受け止めた。次はお前の番だ」

猫を足下に降ろし、再度手を差し出す。

「だ、大丈夫です…これくらいなら飛び降りれば」

「その体制でどう飛び下りる気だ?いいから来い」

「…えっと、私重いですよ?」

「覚悟しとく、だからさっさとしろ」

「やっぱり大丈夫です、自分で飛び降りられます」

「降りて足を挫いたらどうする。下手したら骨が折れるかもしれんぞ」

「怖い事言わないでください」

「だったら早く降りてこい」

「うぅ…」

「…わかった、そんなに俺が嫌なら総司か左之あたりを呼んでくるから待ってろ」

そのことに少なからず胸が痛むが千鶴が怪我をするよりはマシだ。

腕を下げ踵を返した時、千鶴の声がかかった。
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