桜日記

□嵐の夜に
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ガタガタと強い風が障子戸を叩く。

唸るような風音の中、遠くの方では雷が響いていた。

目を眇めて土方は外を見る。

夜目にも暗雲が立ちこめた空模様がはっきりと見て取れた。

「こりゃ今晩あたり来るな」

「久々の嵐ですね、千鶴ちゃん大丈夫?」

沖田が食後のお茶を皆に配っている千鶴へ声を掛けた。

千鶴は最後の湯呑を原田に渡してからゆっくりと沖田に振り返る。

「大丈夫…って何がですか?」

「雷とか嵐とか、もし怖いんだったら僕が一緒に寝てあげても良いよ」

「ぶっ!ちょっ…何言ってんだよ総司!」

飲みかけたお茶を噴き出しそうにして平助が慌てる。

沖田はおよびでないとばかりに軽く手を振ってあしらった。

「煩いな、平助はちょっと黙ってなよ」

「黙ってらんねぇって!なんで総司が千鶴と一緒に寝るんだよ!」

「だってほら、女の子一人で怖い思いさせられないじゃない」

「だ…だからって!」

何を想像したのか平助の顔がみるみる赤くなっていく。

それを見てくすくすと笑う沖田。

千鶴は二人のやり取りが落ち着くのを待って答えた。

「沖田さん、心配してくださってありがとうございます。でも雷くらい大丈夫ですよ」

「ホントに?」

「はい、子供じゃありませんから」

「なーんだ残念」

にっこりとほほ笑んで千鶴に交わされ、沖田はガッカリと言うそぶりでため息を付く。

平助はどこかほっとしたようにお茶を飲みなおしていた。

それからほどなくして一同の歓談は解散となったのだが…









皆が寝静まる頃、

嵐はいよいよ近づいて激しさを増し、凄まじい雷光と雷鳴を轟かせていた。

さすがにこんな日は夜の巡察も中止となる。

時間の空いた原田は珍しく酒を飲むでも無くとある部屋の前に立っていた。

しばらく中の様子をうかがってから声を掛ける。

「おい千鶴、大丈夫か?」

「は、原田さん?はい…だいじょう、ぶ…です」

「…大丈夫って声じゃねーな。開けるぞ」

「ちょっ…ま…」

制止の声を無視して足を踏み入れれば小さな蝋燭の灯りの中、頭から布団にくるまって座り込む千鶴が居た。

さながら妖怪の様で一瞬だけ身構える。

「お前…なんか怖いぞ」

「だ…だって…あの…」

震える声で何か言葉を紡ごうとした瞬間、激しい稲妻が光った。

バリバリバリッ ドゴーン…

続く雷鳴は何かを破壊するような音を立てて響いた。

原田は後ろ手に襖を閉めると丸くなる千鶴の側へと寄る。

そして布団越しに頭と思われる場所をポンポンと軽く叩いた。

「はいはい、みんなの前じゃ気丈に振舞ってたみてーだけど…ホントは怖いんだろ?雷」

「…っ、なんで…わかったんですか?」

「まぁな…いつも見てるからな。言葉通りかそうじゃないか…それくらいわかる」

意味深な言葉を呟かれ、千鶴は少しだけ布団から顔を出した。

眉を寄せ、瞳を潤ませた表情はひどく頼り無げで庇護欲を煽る。

だが次の瞬間、またしてもビリビリと震わすような大音響で雷が轟いた。

「…っ」

千鶴は思わず目の前の原田にしがみつく。

小さく震える手が自分の着物を掴んでいるのを見て原田はなんとも言えない気持ちになった。

唇は血が出てしまうのではないかと心配になるくらいきつく噛み締めている。

こんなにも怯えているというのにこの少女は誰に頼ることもせず、悲鳴すら押し殺して一人で耐えようとしていたのか

長い夜をたった一人で…

「大丈夫、大丈夫だ」

原田はあやすようにその体を抱きしめて優しく耳元で囁く。

そっと頬に手を滑らせて噛み締められた唇を指先でなぞれば千鶴は力を抜いて顔を上げた。

濡れた大きな瞳が自分を映す。

目が合った瞬間、触れている唇の柔らかい感触が指先から鮮明に伝わり痺れにも似た衝撃が走った。

「…っ」

自分の中に沸き起こる衝動に原田は小さく息をのむ。

「あっ…す、すみませんっ」

我に返った千鶴が自分が原田にしがみ付いて居ることにやっと気付き、慌てて離れようと身じろいだ。

だが千鶴が離れようとすると反対に抱きしめる腕に力が籠る。

「あ、あの原田さん?」

「…怖いんだろ。落ち着くまでこうしててやるよ」

「も、もう大丈夫です!ご迷惑おかけしてすみません」

「謝る事なんて何もねぇよ。いいから…こんな時くらい、甘えろって」

「あの…でも私」

「お前はいつも頑張り過ぎてんだよ。せめて俺の前では我慢なんかするな。怖いものは怖い、それでいいじゃねぇか」

「恥ずかしいです、私…子供みたいで…」

「いいんだよ。そんな千鶴が俺は可愛いと思うし」

「か、かわ…っ」

「ほら、付いていてやるから。もう寝ろ」

「わっ…」

千鶴は困惑したまま、なされるままに布団に包まれて抱きかかえられてしまった。

原田は柱に背を預けて千鶴の体を自分にもたれ掛けさせると優しく微笑んだ。

「まだ怖いか?」

その問いに千鶴は小さく首を振った。

まだ雷も雨風も続いている。

思い出したように体中に響く雷鳴には身を竦めてしまうけれど不思議とあまり怖くはなかった。

自分を包む力強い腕と優しい声、伝わる体温が不安を溶かすように落ちつけてくれていた。

むしろ今の千鶴はドクンドクンと高鳴る自分の鼓動の方が雷よりも煩くさえあった。

頬が熱い。

千鶴は何故こんなにも安心出来るのか不思議に思いながらもその身を預けていた。

「重く…ないですか?」

「全然、千鶴は小さいからな。ほら寝れるようなら寝ちまいな、雷も時期にどっか行っちまうからよ。子守唄が必要なら歌ってやろうか?」

からかう様な調子に千鶴も思わず笑みを浮かべた。

先ほどまで強張っていた表情が今では消え失せている。

「ふふっ…大丈夫です。原田さんの声は…すごく安心します」

「………」

「原田さん、来てくれて…ありがとう…ござい…ます」

千鶴はそっと目を閉じると溶ける様に眠りに落ちた。

余程気を張っていたのだろうと原田はその寝顔を見てため息を付く。

顔にかかる髪を払えばサラサラと指をすべる柔らかい感触。

長いまつげが影を落とす白く艶やかな肌を見て先ほどの衝動に似た思いがじわりとまた沸き起こりはじめる。

これくらいならと顔を寄せて額に優しい口づけを落とした。

先ほどの沖田の発言が冗談で良かったと、今ここにこうしているのが自分であることに安心するくらいに原田は彼女を愛しく想い惹かれ始めていた。








ピチチチチッ…

小鳥が楽しげに囀り、穏やかな風が吹き抜けて行く。

嵐が過ぎ去り清々しい朝が訪れていた。

「千鶴ちゃんまた寝坊なんてそんなに僕に起こして欲しいのかな」

「総司、それは違うと思う。夕べは雷の音が酷かったから寝付けなかったのだろう…見逃してやれ」

パタパタと逸るような足音が二つ廊下に響いていた。

「やだよ、寝起きの千鶴ちゃんは可愛いからね。それよりなんで一くんが付いて来るのさ」

「総司に任せるのは心配だ」

「ひどいなぁ…っと、千鶴ちゃーん朝だよ」

千鶴の部屋の前に付くと沖田は声を掛けると同時に襖を開けた。

後に続く斎藤と共に中の光景を目にして動きが固まる…。

すやすやと眠る少女を抱きしめる様にして抱えた男が穏やかに眠りに付いていた。

「さ、左之…?」

「ねぇ一くん…これはもう切っても良いよね?」

満面の笑みで沖田がそう言った時には既に刀に手が掛かっていた。


嵐の後の嵐の始まりである。





End




*・*・*・*・*・*・*・*・*・*


甘めにしたかったのに残念な感じに…

左之さんと千鶴の大人と子供みたいな関係がちょっと好きです。

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