半妖姫〜第一部〜

□三十三章
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将軍様の上洛警護のため二条城へと出動した新選組。何かといつも賑わっている西本願寺の屯所ですが、今宵はとても静まり返っていて……もちろん、今私が腰掛けている場所も同様でした。


「ははっ、わりぃな。…無理矢理、付き合わせちまって。」
「……。」


まるで知らない場所のようにも思われる夜の境内にて。私は藤堂さんのお酌をしています。
つい先程まで自室で繕い物をしていたところ、藤堂さんが突然部屋を訪問し…境内で夜空を眺めながら酒を飲むから酌をして欲しいと仰ってこられたのです。正直どうしようかと戸惑い迷ったのですが…私が返事を決める前に何を思ったか、同じく部屋に居たミケが藤堂さんの方へと歩み寄って行ったのです。そして彼の足元で立ち止まると、彼女はくるりと私を振り返ってきました。


「優衣。今夜は星が綺麗な夜だよ。ちったぁ、働く手を止めて星を眺めるのも悪くないとアタシは思うけどねぇ。」


そう言ってくるミケの声音はどこか優しいもので……気がつくと私はコクンと首を縦に振っていました。
私が了承を示すと、藤堂さんは小さく「ありがとな。」と笑い……そして。こうして、私達は境内の片隅に腰を下ろし、夜空を眺めている次第です。
藤堂さんはお猪口を、私は徳利をそれぞれ手にしていました。ミケは私と彼のちょうど間のところに寝そべり、輝く星々を見上げています。


「そういえばこうして優衣に酌してもらうのって、初めてだよな。」
「……。」
「左之さんと新八っつぁんには前に酌してやったんだろー?」


…言われてみればそうです。以前、成り行きで永倉さんと原田さんにお酌をしなければならない事態が発生しましたが……あの時、藤堂さんは江戸に行っている最中で居合わせていませんでした。


「江戸から帰って来たかと思ったら自慢されて腸煮えくり返ったっけなぁ。」
「……。」


もう一杯お代わりー、と空になったお猪口を差し出してくる彼の要望通り徳利の中身を注ぎつつ…ふと私は小さな疑問を覚えました。確か、藤堂さんは体調が優れないので此度の将軍護衛の任には赴かず、留守番組となっているはずではなかったでしょうか?
体調が良くないのであれば、こうして外に出ているより部屋で大人しくしているべきです。そしてお酒を飲むのも控えた方が………と、そのようなことを考えていると。お猪口へと注がれていくお酒と、それを注いでいる私を交互に見つめていた藤堂さんの表情が不意に曇りました。


「外で酒飲むより、部屋で寝てろ…だろ?」
「……!」


ポツンと彼が紡ぎ出した言葉に、私は驚き…危うく徳利を取り落としそうになりました。思わず目を丸くして藤堂さんを見上げると、彼は苦笑いを浮かべていました。


「千鶴ほどじゃないけど、お前もそこそこ顔に出るよな。」
「……。」
「あー、いや……実はさ、違うんだよ。調子が悪いわけじゃなくて……。」
「……?」


何か言いかけ、藤堂さんは口ごもりましたが……やがて観念したように首を振り、どこか寂しそうな表情になっていきます。


「……ただ、警護に行きたくなかったんだ。」


ポツリポツリ、と彼は思いの内を語り始めました。
元々、新選組が集められたのは、将軍様が京に上洛するにあたり、天子様のいらっしゃる京を治安維持することが目的だったそうです。そしてその時は、幕府を支持する人も、そうでない人も明確な区別は無かったとのことでした。幕府は天子様を敬い攘夷の志がある。だから、その幕府のために働くことは天子様のためでもある。…それが、新選組の考えだったようです。


「だから、京の治安を維持するにあたって、新選組が幕府の側で働くのは…当然のことだと思ってたんだ。」
「……。」
「でもいつの間にか、新選組は幕府の家来みたいになってるし、幕府は外国勢力を打ち払おうとしない……。」


彼の言葉に耳を傾けていた私は、そこでようやく察しました。
そのような気持ちを抱えていたからこそ、藤堂さんは今回の将軍様の警護に乗り気ではなかったのだ…と。沈んだ瞳を伏せている彼の姿に、いつもの明るい姿は皆無でした。


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