半妖姫〜第一部〜

□二十四章
1ページ/1ページ


会津藩から要請を受けた新選組の皆さんと千鶴さんが出動していくと、屯所は急に静まり返りました。
ここに残っているのは、数えるほどの隊士だけとなっています。そんな中、私はミケを探していました。
私の部屋の前の縁側で日向ぼっこをしていたはずのミケが、どこにもいないのです。これから戦が始まるというのに、と不安と心配で堪らなくなった私は心当たりのある場所をひたすらに巡っていました。
しかし、どこを見てもミケは見つからず……とうとう最後に残された望みは、中庭となりました。ミケのお気に入りのあの木。祈るような心境で私は中庭へと向かいました。
真夏の昼間だというのに今日の風は驚くほど涼しく、中庭はとても過ごしやすい空間になっており。そこに到着してすぐ、私は探していたミケを見つけることができた……のですが。


「……!」


見つけたまでは良かったのです。実際、とても安心して胸を撫で下ろしたほどでした。
しかし、その先が問題でした。何が問題であったのかというと…ミケの居た場所です。あろうことか、中庭に居たのはミケだけではなかったのです。
ミケのお気に入りの木の下の木陰には、沖田さんが座り込んでいて……そして。ぼんやりと夏空を見上げる彼の腕の中に、……ミケがちょこんと抱かれていたのであります…。


「……。」


三毛猫を抱く沖田さん…という光景に、不意に何とも言えない思いに駆られ。気がつくと、彼につられるように…私も空を見上げていました。
青い空を白い雲が流れていく、夏の空。
ふぅ、と小さく息を吐き……改めて木陰の沖田さんとミケへ視線を戻そうとすると……なぜか、その沖田さんがミケを抱いたまま既に私の目の前に立っていました。


「……。」


思わず硬直した私を見て、沖田さんは笑いながら言ってきます。


「探しているのはこの子?それとも、僕?」
「……。」
「ははっ、ごめん。そんなに警戒しないで?あと、万が一に僕のことを心配してくれていたなら、それは必要ないよ。屯所を脱走する予定とか、別に無いから。」


…沖田さんが新選組から脱走するということは、天地がひっくり返っても無いでしょう。
そんな私の思いが顔に出ていたのか、沖田さんは微笑みながらミケを差し出しつつ言葉を続けます。


「それとも、違う心配?体調のこととか?」
「……。」


確かに、万全でない状態であまり外に長くいるのは良いこととは思えません。
ミケを受け取りながら首を縦に振ると、沖田さんの微笑が少し深まりました。


「心配してくれるんだ?ありがと。風に当たるのは程ほどにして部屋に戻るよ。」
「……。」
「刀傷じゃないしね。治るのは早いと思う。……だから、僕は大丈夫なんだけど。」


喉をゴロゴロ鳴らして私の胸に擦り寄ってくるミケを抱いていると、ふと沖田さんが独り言のように呟きます。明るい話題であるはずなのに、呟く彼の表情はどこか晴れず……私は首を傾げました。
……が、すぐに。ある人物の姿が脳内に浮かび上がります。それは、山南さんでした。
沖田さんは「僕は大丈夫。」と言っていました。だから、多分……大丈夫でない人のことが気にかかっているのかもしれません。山南さんの左腕は…もう以前のようには動かないのですから。


「……。」


そのようなことを考えつつ、何となく沖田さんを見つめていると。視線に気がついたのか、彼もまた私をじっと見つめ返し…そして微笑みます。
笑っているのに、でもどことなく少し悲しそうな笑顔に私が瞬きすると。不意に彼は空を見上げました。


「今日の空、綺麗だよね。」
「……。」


またつられて空を見上げると、真夏の陽射しがさんさんと私達に降り注いでいます。
ぽつりぽつりと散らばった白い雲は、涼やかな風に押されて空を流れており……ふと、私の脳裏に懐かしき母上様の姿が思い浮かびました。
夏の季節が来る度に、母上様と縁側で甘い物とお茶を頂きながら様々なお話をしたものです。……もう二度と巡ってくることのない、夏の思い出…。


「ねえ、優衣ちゃん。」
「……?」


過去を追い、感傷に浸っていると。空を見上げていた沖田さんが私へと視線を戻し、このような言葉を紡いできました。


「縁側でお茶でも飲まない?もちろん、甘い物も一緒にね。」
「…!?」


まるで私の脳内を覗き見でもしたのでは?と疑ってしまうほど、私は驚いてしまいました。
しかし、同時に…母上様のことを思い出していたということもあるのでしょう。普段であれば身を強張らせて彼の申し出に硬直するところですが…この時は、不思議と身体が固まることはありませんでした。
それどころか、…何だか懐かしさが込み上げ、心が温かくなったほどです。私は自然と口元が緩み、沖田さんを見つめ返すと、そっと頷きました。
すると、次の時。沖田さんは微笑む私に一瞬目を丸くしたかと思えば、微かに頬を朱に染めてそっぽを向いてしまったのです。


「……確かに、これは反則だなぁ。」
「……?」


ぼそっと呟いた彼の真意が分からず、首を捻っていると。私の腕の中にいるミケが愉快そうに笑います。
ますます首を傾げることとなる私でしたが。


「じゃあ、優衣ちゃん。邪魔、と言っても今は平助だけだけど。とにかく邪魔が入らない内に、行こうか。」


沖田さんは再び素早く私に向けて微笑み返し、屯所の中へと向かうべく歩き出したのです。特に異論の無かった私もミケを腕に抱いたまま彼の後に従ったのでした。






一番組長、三毛猫を抱く




[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ