半妖姫〜第一部〜

□四章
1ページ/1ページ


おはよう、おはよう!
今日も気持ちのいい朝だね!

ふとぼんやりと耳に入ってきた鳥達の会話で、私はゆっくりと眠りから覚めていきました。



「……っ…。」


目を開き真っ先に映るのは、見ず知らずの部屋の中の様子と。私のすぐ傍でぐるぐると頑丈に縄で縛られている昨夜の少年…彼はまだぐっすりと眠っています。少年が全身を縛られているのに対し私はというと、女という配慮をしてもらえたのか手首を縄で縛る程度で済まされていました。それでも身体の自由を奪われて就寝したのはこれが初めてのことで、擦り傷や豆のできている手足以上に、身体のあちこちが痛くなっています。私は小さくため息を吐き、小鳥たちが朝の挨拶を交わす声を耳に入れながら昨夜のことを少しずつ思い出していきました。
昨夜、引きずられるようにして私達が連れてこられたこの場所は…新選組、という人達の住まう本拠地で…夜もすっかり更けていたということもあり、私と少年はひとまず拘束されこの部屋へと押し込まれた次第で。それで今に至ります。
……母上様、私はこれからどうなってしまうのでしょうか……。


「……ん……?」
「……!」


これからの事を思い、言い知れぬ不安に駆られていると…私の隣りで寝息を立てていた少年が不意に小さく声を漏らし、閉じていた瞼をゆっくりと開き始めました。お目覚めのようです。


「……朝…?」


小さく欠伸をし、呟いた少年は。すぐ隣りに私の存在があることを理解すると慌てたように瞬きをしてきます。一方の私は、昨夜助けてもらいはしたもののやはり人間であるこの少年に対して恐怖感が無いことはなかったため…身を縮め、一瞬だけ重なった視線をすぐに逸らしました。


「ええと……ああ……そっか。」


寝起きの頭を働かせ、彼も己の置かれている立場をようやく理解したのか…小さくため息を吐きます。
それからしばしの間、私達の間には気まずい沈黙が訪れました。でも、私は怖くて怖くて仕方ありませんでした。目の前の少年が私よりも厳重に拘束されていると言っても、例え人間と半妖と言っても、所詮は男と女。万が一が起こった時、圧倒的に不利なのは私なのです。


「あ、あの…お、おはようございます…?」


微妙な沈黙に耐え切れなくなったのでしょう。先にこの静けさを破ったのは彼の方でした。


「昨夜は…大変な目に会いました、ね…。」
「……っ。」


優しく、私を気遣うように声をかけてくれているのに…私は顔を少年へ向けることができません。
どうしても、怖いのです……人間、という存在が。私達の里を滅ぼしてしまう力を持つほどの彼らに私は改めて恐怖を強めていました。


「全部、悪い夢なら良かったのに……。」


言葉を失っているので話したくても話せないのですが…そんな事情を彼が知るはずもありません。しかし、黙って俯いたままの私を罵るでも叱るでもなく。独り言のように少年は言葉を続けていきました。


「私達、どうなるのでしょうね……。」


少女の声色に近い少年の柔らかな声音が静かな部屋に小さく染みこんだ…その時。
私達の閉じ込められている部屋の襖が不意に開かれ、見るからに人の良さそうな温厚そうな男が顔を覗かせてきたのです。


「ああ、目が覚めたかい?」


優しそうな雰囲気を纏うその方は、自らを井上と名乗りました。


「すまんなあ、こんな扱いで……。今、縄を緩めるから少し待ってくれ。」
「え……?」


井上さんの意外な言葉に少年が目を丸くする間にも、彼をぐるぐると縛っていた縄は解かれていきました。さすが手を縛る縄が解かれることはありませんでしたが、それでも少年は先程の窮屈さから解放され、私と同じような状態になることが叶ったのです。


「えと、あの、ありがとうございます。」


律儀にお礼を述べ頭を下げる少年に井上さんは少しだけ口元を緩ませ、私と彼を交互に見つめながらこのようなことを言いました。


「ちょっと来てくれるかい?」
「え?」


井上さんの言葉に少年が再び目を丸くし、私の身はますます強張ります。
きっとこれから尋問が始まるのです。いえ、尋問で済めばまだ良いのかもしれません。もしかすると私達を待ち受けているものは…拷問、であるのかもしれないのですから…。


「今朝から幹部連中で、あんたらについて話し合ってるんだが……あんたらが何を見たのか、確かめておきたいってことになってね。」
「……わかりました。」


私が呼吸をすることすら忘れるほど呆然となっている横では、少年が素直に頷きよろけながらも立ち上がります……が。それでも私はなかなか立つことができません。
優しい声音で柔らかい言い方をして下さっている井上さんですが、私達に断る権利など無いのです。少年も気丈に振舞いつつもそれを心得ているのか顔が強張っていました。


「心配しなくても大丈夫さ。なりは怖いが、気のいい奴らだよ。」
「はあ……。」


一向に立ち上がらない私と、顔の強張った少年に井上さんは優しく明るい声で言いました。
そして言い終えると、そっと未だ寝転んだままの私の身体に手をかけてきたので…私はビクッと肩が跳ねてしまいました。


「すまないね、お嬢さん。昨夜はバタバタしていたもので足や手の怪我の手当てもできずにいて。話を聞き終えたら手当てをするから、もう少し辛抱してくれな?」



井上さんは私のことを気遣いながらも、しっかりと私の身体を起こし、立たせます。…ああ、本当にもう逃げることはできないのだ……私は目覚めたばかりだというのに既に気が遠くなっていました。






巡り来る朝




[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ