半妖姫〜第一部〜
□三章
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「あーあ、残念だな……。」
風が治まった頃、私の視界は二つの人影を月明かりの中、映し出しました。
それは人間の男で、やはり浅葱色の羽織を羽織った者達であったのです。
「僕ひとりで始末しちゃうつもりだったのに。斎藤君、こんなときに限って仕事が速いよね。」
恨み言を零しながらもどこか楽しそうな声音で二人の内の一人がそのようなことを言うと、もう一人が冷静な声音でそれに答えました。
「俺は務めを果たすべく動いたまでだ。……あんたと違って、俺に戦闘狂の気は無い。」
「うわ、ひどい言い草だなあ。まるで僕が戦闘狂みたいだ。」
「……否定はしないのか。」
笑いながら己を戦闘狂と称した男に、斎藤君と呼ばれた方の男は呆れのため息を吐くと、私と少年の方へと視線を投げかけてきました。それに続くように、もう一人の方も私達を見てきます。
「でもさ、あいつらがこの子達を殺しちゃうまで黙って見てれば僕達の手間も省けたのかな?」
「さあな。……少なくとも、その判断は俺達が下すべきものではない。」
「え……?」
斎藤…さん、で良いのでしょうか。彼の発した言葉に、少年が小さく声を上げ…そして。何か思い当たる節があるのか小さく目を見開きました。
「まさか――。」
彼が何か言おうとした…そのとき。未だ呆然と地面へ座り込む私達にふっと影が差しました。
「あ……。」
少年の声がまた小さく響きます。それと共に私の視線も、上へと向きました。顔を上げた私の視界が映したのは、また新たに現れた一人の男。降り注ぐ月光の下、刀をこちらに向けた者は漆黒の髪の男でした。
「……運の無い奴らだ。」
ひんやりとした冷ややかな声音。月明りに照らし出された端正な顔。
彼もまた浅葱色の羽織を羽織っています。
「いいか、逃げるなよ。背を向ければ斬る。」
静かに発される言葉が偽りのものでないのは私にも分かりましたし、少年にも分かったようです。私達は抵抗の意思は無いと示すため、それぞれに首を縦に振りました。すると刀を向けている彼は思いきり眉間に皺を寄せると、深いため息を吐きながら私達へと差し向けていた刀を鞘へと納めたのです。
「え……?」
あっさりと刀を引いてくれた彼が意外だったらしい少年が声を上げましたが、その行動に驚いたのは少年だけではないようでした。
「あれ?いいんですか、土方さん。この子達、さっきの見ちゃったんですよ?」
斎藤さんと言葉を交わしていた名前の分からない彼が問うと、土方さんと呼ばれた彼は整ったその顔をますます渋いものに変化させます。
「……いちいち余計なこと喋るんじゃねえよ。下手な話を聞かせちまうと、始末せざるを得なくなるだろうが。」
…どういうことなのでしょうか……?
もしかして彼らは…あの化け物達のことを何か知っているというのでしょうか…?
「この子達を生かしておいても、厄介なことにしかならないと思いますけどね。」
私達に視線を向けつつ言葉を紡ぐ名の知れない彼に、土方さんはまたため息を吐きながら答えます。
「とにかく殺せばいいってもんじゃねえだろ。……こいつらの処分は、帰ってから決める。」
「俺は副長の判断に賛成です。長く留まれば他の人間に見つかるかもしれない。」
斎藤さんも土方さんに同意しつつ、ふとついでのような仕草で自らが斬り殺した死体へ目を移します。
「こうも血に狂うとは、実務に使える代物ではありませんね。」
「……頭の痛ぇ話だ。まさか、ここまでひどいとはな。」
斎藤さんに答える土方さん。しかし、彼らのやり取りを見聞きしていた私は…また冷や汗が滲んでくるのを確かに感じました。今の会話からすると…やはり、彼らはあの化け物達のことを知っていて……おまけに、使う、などと言いました。まさか、あの化け物達は彼らの家来のようなものなのでは…?
「つーか、お前ら。土方とか副長とか呼んでんじゃねえよ。伏せろ。」
「ええー?伏せるも何も、隊服着てる時点でバレバレだと思いますけど。」
不機嫌そうな苛立ったような声で斎藤さんと名の分からない彼を叱る土方さんでしたが。名の知らない彼に飄々と言い返されています。…でも、正直私は頭の中が真っ白でもうどうすれば良いのか、さっぱり分からない状態でした…。