昨日から降り始めた雪は、一面の銀世界を作り出ていた。
執務途中で抜け出した日番谷は、1人雪道を踏み締め隊舎への道を急ぐ。
瞬歩を使わないのは、余韻を楽しみたかったから。静寂な舞台を1人で舞う、美しい舞姫の………。


豪奢な着物、キリリと結った黒髪。色白な美貌、華奢な指をたおやかに揺らめかせ。


霊圧を探らねば、舞姫が己の副官とは分からなかったかもしれない。
数年振りの舞台、失敗しないか、振りを忘れわしないか?気になって仕方がなく、気分転換も兼ねて抜け出して来たのだ。花代を関係者に託して、舞をひと振り見たら会場を即出るつもりだった。

しかし

目が放せなかった。
美しい舞いに、愁いを帯びた表情に…。
舞踊に疎い日番谷は分からないのだが、寒椿という演目は有名らしく、有名だからこその難しさがある。松本がそう力説していたのを思い出した。

内容は要約すると、戦いに旅立つ男と、美しい娘が再開の約束をして別れ戦地で男は非業の死をとげる。知らぬ娘はいつまでも待ち続けて、遂には美しい椿の花に姿を変え、男が雪にになり娘の椿に降り積もる…。

悲恋の舞だ。

松本から内容を聞いた時には、女は悲恋物が好きだよな。内心そう思ったのだが、なかなかどうして。
魅せられたのは演目の秀逸さか?舞の技量故か?


「隊長〜」

背中から呼ばれ振り返ると、舞台衣装のままの松本が駆け寄って来た。
「……お前…どうして?」
「あ!隊長、お花ありがとうございます」
「いや、心ばかりだ。それより…まだ、途中じゃねえのかよ?」
「あたしの出番は終わりましたから!緊急の職務が入ったと言って抜け出しました」
「お前はいつからそんなに仕事熱心になったんだ?」
「ですよね!」
黒い瞳を瞬かせて、クスリと笑う。
引きずりの黒い着物には、見事に咲き誇る寒椿が描かれいて、黒髪に黒い瞳。
口元のホクロは同じだが、松本を見下ろしながら、どうにも居心地の悪さを感じる。見慣れた姿ではないからだろう。

「着替えなかったのか?」
「着替えたら隊長に追い付かなかったですよ!…あ、似合いませんか?」
不安に曇る表情。
「いや、似合うよ。髪は染めたのか?」
「ええ。髪飾りが寒椿だったので、黒髪のが映えるんですよ〜」
髪を彩る一輪の花は、精巧に出来た造花だった。
「………」
「隊長?」
「松本ちょっと回り道するぞ」




「わぁースゴい」

日番谷が連れて来た場所では、濃紅の花が一斉に花開き、白い雪を被っていた。空間を彩る紅と白は圧巻だ。

「これ、寒椿なんですけど、椿って名前は付いても山茶花の一種なんですよ」
「…そうなのか?」
「あたしも詳しくは知らないのですけど、娘が姿を変えるのはこの花ですよ」

チラリチラリ

また。
雪が舞い始めた。

「待って待って待って、いつまで待っても貴方は来ない。とうとう娘は花に姿を変えました………」
「………」
紅の花弁を見つめる瞳が、悲しく揺れる。
「隊長」
「なんだ」
「あたしは待つなんて嫌です」
「松本?」
「どんな戦局でも付き従って、共に戦います。花になるより散る方が良いです」

松本なら何の躊躇もなく日番谷の楯になるだろう。

「バカやろう。…共に散る……だろう」
松本を犠牲に生き残りたいとは思わない。

「隊長…」
「暗い事言ってねえで、戻るぞ」
「はい。あ!一輪欲しいです」

伸ばしかけた手を日番谷が掴む。

「やめとけ。せっかく出会えたんだ。雪と引き離すのはヤボってもんだろう」
「!」
「見たいなら何度でも連れて来てやるよ」
「…はい」
松本の手を大きな手で包み歩き出す。十番隊の誇りを一身に背負う背中は、もう、全力で寄りかかろうともグラつきもしないだろう。
一生をかけて守り抜こうと決めた愛しい背中。触れたい衝動をグッと堪えて。

今は、繋がる手の温かさを噛みしめた。



花になるより
貴方の元で


散りたい。






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