僕の記憶の扉

□第二章
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 二、空
プリントが配られる。遠足のしおり。行き先は、近くの山。何で小学校最後の遠足が山登りなんだろう。行きたくないなぁ。
 それとなく聞いていた先生の話が急にはっきりと聞こえてきた。 
「それと、この山は学校から近いので、帰るのは、夕日が沈むころです。わかりましたね。遠足は来週です。」
 もう先生の話は聞こえていなかった。夕日をあの赤く輝く太陽を山の上で視れる。それだけでよかった。それだけでさっきまでの憂鬱な気分が消えた。
 この気持ちを誰かに伝えたかった。
「翔!先生の話聞いた?山の上で夕日が視れるんだって。」
「・・・・・・。」
「そのときは、翔も一緒に視よう。」
「・・・・・・。」
「翔?」
 翔の視線の先には蒼い空が広がっている。どこまでもどこまでも続いてゆく。翔が口を開いた。
「僕はいつか、この蒼い空の向こうまでいけるかな。」
 行ける。翔なら、きっと行けるよ。

   ◇   ◇   ◇

 これで遠足の用意はできた。いよいよ明日が遠足。でも、今日は朝からずっと雨が降っている。空には雨雲があり、太陽さえ見えない。こういう日は、気分が重くなる。部屋の窓を開けると湿った空気が入ってきた。空を見上げる。いつもならもうすぐ夕日が見えるのに・・・。
 そのとき、下にいた人影が手を振って私の名を呼んだ。「木香」と。
 
 外へ出てみると、そこに立っていたのは翔だった。
「木香、遠足明日だね。・・・。どうしたの?」
 翔は、下を向いている私に聞く。
「うん。ちょっと・・・。明日、曇っていて夕日が見えなかったらどうしようと思って・・・。」
「そっか・・・。でも、明日は晴れるよ。僕には分かるんだ。」
「そうだよね。明日は晴れるよね。でも、翔。どうしてここに?」
「ん?あ、ちょっと近くを通ったから。」
「ふーん。」
 でも、どう見ても、‘近くを通ったから’という姿には見えない。翔は、上から下までずぶ濡れだった。
「翔、ちょっと待ってて。タオル持ってくるから。そのままじゃ風邪ひくよ。」
「いいんだ。もう帰るから。じゃあ、また明日。」
 翔は手を振って行ってしまった。
 明日は晴れる。翔はこの言葉を伝えるためだけにここへ来たのだろうか。

 ―――てるてる坊主 てる坊主
           明日天気にしておくれ―――

   ◇   ◇   ◇

 窓から入ってくる風が気持ちいい。いよいよ今日は遠足。今日、夕日が視れるんだ。そう思うと、嬉しくて嬉しくてたまらない。
 今は、山へのバスを待っているところ。バスはもうすぐ来る。なのに、翔はまだ来ていない。昨日、あんな雨の中を歩いていたから、風邪でもひいたのかな。今日の夕日は翔と一緒に視ようと思っていたのに。
 向うから人影が駆けてくる。・・・翔だ。
「・・・。ふう、よかった。間に合って。」
「翔、どうしたの?寝坊?」
「・・・うん。」
 翔も来て、皆が揃った。雨の降りそうな、どんよりとした空の下で。

   ◇   ◇   ◇

 バスに乗った私達は黒い雲の下、順調に進んでいた。私の斜め前の席には涼が、窓側の横には翔が座っている。翔は、外を見て、風のことをぶつぶつ言ってる。

――――――ポツ・・・・・・ポツ・・・ポツポツポツポツポツポツ
 朝から雲行きの怪しかった空からはとうとう雨が降ってきた。どんどん強くなってきている。窓を開けていた人は、急いで閉めている。先生がしゃべっている。
「皆さん、山の天気は変わりやすいので、このまま上まで上って少し様子を見ましょう。」
 そんな。夕日は、晴れていないと視ることができない。上まで上れても夕日が視れないのなら行く意味がない。
 横を見ると翔は、まだ外を見ている。雨なんか降っていないかのように。

   ◇   ◇   ◇

 もうすぐ。頂上に着く。でも、雨は止むどころか、どんどん強くなっていく。
「翔。窓閉めないと、ぬれるよ。」
「・・・。」
「翔?」
「木香、元気出せよ。今日は、晴れるって言っただろ。」
 そういえば、翔は昨日雨の中、私の家に来てくれたっけ。晴れるんだよね。晴れるって信じていいんだよね。絶対に晴れるって。
 
   ◇   ◇   ◇

 雲の隙間から、眩しいほどの光が差し込んできた。

「眩しい・・・。」
 思わずそう呟いてしまうような光だった。
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