一柳和受難シリーズ

□そんな優しい声で愛してるなんて言わないで
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 うららかな日差しの暖かい日。

 和さんが家に訪問するのが週末の恒例行事のようになりつつあり、土曜日の今日も例外なくそうだった。

 ただ今日は暖かな日差しに誘われたらしく、昼少し過ぎに家に訪れた和さんは開口一番、「散歩に行こうよ!」と俺を誘った。

 俺が「ええ、行きましょうか。」と言うと、和さんはとても嬉しそうに笑って傍から見ても直ぐに分かるくらいにはしゃいでいた。

 家を出て、昼下がりの景色を眺めながらあてもなくのんびりと二人ならんで歩く。

和:「ねぇ日織、今週はどうだった?」
日織:「そうですねぇ…特に何もなかったですね。いつも通りのんびりと日々を過ごしてやした。和さんはどうでしたかい?」
和:「うーん…そういえば僕は、課題の締め切りがあって結構忙しかったかな?」

 考える素振りをしながら『こてんっ』と首を傾ける和さん。

 なんでそんなに自信なさげなのやら…

 和さんのそんな様子に勝手に笑みが零れる。

和:「なっ、笑うなよ〜!」
日織:「ふふっ…。いや、すみませんね。」
和:「すまないと思ってないだろおまえ…。」

 和さんは『ぷいっ』と俺から顔を背けて拗ねた。

日織:「まぁまぁ和さん。機嫌直してくださいや。」

 そういって優しく微笑むと、和さんはこの笑顔に弱いらしく「まったく、おまえってやつは…」と言いつつも許してくれる。

日織:「そうだ和さん。猫見に行きやせんか?」
和:「猫?」
日織:「ええ。近くに可愛いのが集まるとこがあるんですよ。」
和:「ほんと?行きたい!」

 和さんはさっきまで拗ねていた人とは思えない程の満面の笑みになった。

 ほんと、かわいいお人だ…



 開けた川原に着いた。

 優しく頬を撫でた風は、川原の横にある傾斜に生えている草花も揺らした。

和:「うわぁ、綺麗なとこだね日織!」
日織:「気に入ってもらえたようで良かったです。ほら和さん、あそこ見てごらんなせぇ。」
和:「えっ、どこ?…あっ!」

 和さんは目を輝かせたかと思うと駆け足で走って行く。
 しかし、丸まっている猫の集団の近くにくると『そろりそろり』と忍び足になった。

和:「うわぁうわぁ!かわいい!」

 和さんは猫達の傍にしゃがみ、手近の子猫に手を伸ばして撫でた。

和:「日織、猫さんとってもかわいいね!」

 ゆっくりと歩いて近寄っていた俺を振り返って、ふやけた笑顔でそう言った。

 その笑顔にとてつもなく頭を撫でたくなったがなんとかその衝動を押さえ込み、しかし押さえようのない笑みのまま和さんに応える。

日織:「こいつらは近くに住んでる飼い猫達なんですがね、いつも大体このくらいの時間帯にここでこうやって集まってんですよ。」
和:「そうなんだ。ここ気持ち良いもんね!」
日織:「ええ。俺も大体こういう天気の日にはここに来て猫達とのんびりしてますやね。」
和:「いいなぁ…。」
日織:「和さんだっていつだって来ていいんですから、暇な時また来たらいいじゃねぇですか。」
和:「そうだよね。」

 そう言って和さんは子猫に落ちていた視線を俺に向け、『ふ…』と目尻を弛ませた。

和:「でもさ、その時はまた日織と来たいな!」
日織:「和さん…。」

 すでに俺の目をしっかりと見ていた筈の視線は下におち、和さんは愛しそうに子猫を撫でている。
 『にゃー』と鳴いた子猫は嬉しそうに和さんの手の平に鼻頭をすりつけた。

 「くすぐったいよ」と笑う和さんに、『まったくこのお人は…』と苦笑いを隠しきれない。

 自分がどれほどの殺し文句を言っているのか相変わらず気付いてねぇんだから…

日織:「…まぁ、それが和さんなんですがねぇ…。」
和:「?日織何か言った?」
日織:「いえ、なんでもねぇですや。」
和:「そう?」

 不思議そうに目を瞬かせ、首を少し傾げた和さんに「ええ。」と笑ってから「あちらに猫じゃらしがありますぜ。」と教える。

 和さんは、「ほんと!?」と言って指さした方へ駆けていく。


 ソレを伝えるには俺にはまだ勇気が足りなかった。

 和さんの背中を眺めると、足元の子猫が寂しそうに鳴いた。




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