種運命小説【壱】
□ビビッド・ソナタ
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希代の美しい恋人達だと噂される二人がいた。
城内に一層高貴な風を流す最高級品とされる装飾の全ては彼と彼女の為にあるのだと。
両親の招いた客人はこぞって褒め讃える。
二人が並ぶと、どんな画匠が描いた名画も見劣りするのだと。
蒼穹の元で労働に励む城下の人々は口々に噂する。
「シン様」
日課となっている剣の稽古も終わった頃。
歩く度に緩やかに床を撫ぜる絹のドレスを摘み、外に出て太陽の香りを身体に満たす。
茶髪の艶に陽光が滑る。
自然と薄く滲んだ汗を手首の裏で拭い、緋の燭が宿る瞳が伴侶に向いた。
口唇は静かに微笑を描く。
「キラ、どうしたんだ?」
「シン様のお稽古が終わるのを待っていました。お疲れ様です」
「ありがとう。嬉しいよ」
風に溶ける笑顔と柔らかい物腰が交わる。
一言二言のやりとりにすら芽生える瑞々しい空気が二人を包んだ。
シンの幼少の頃から剣技の師として城に仕えるアスランも、稽古用の剣を傍らに置いて若い恋人達を見詰める。
彼等の姿には不思議と周囲の心を引き付ける力があるのだ。
キラがシンの元に嫁いでもう何ヶ月にもなる。
それでもいつまでも初々しいやりとりを暫く眺めていると、いきなり背後から肩を叩かれた。
「アスラン。お疲れ様」
「皇后陛下」
「そんなに驚いた顔しないで。息子の剣技の成長を見に来たのよ。…あの二人は相変わらず仲が良いようね」
「はい。随分と」
夏の陽射しに委ねられた息子の笑顔を見ると、無意識にタリアの顔にも静かな笑みが浮かんだ。
細やかな風の粒子が太陽に授けられた光を運ぶ。
日常の幸福の彩り。
「キラさんみたいな綺麗で気遣いの出来る方に嫁いで貰って、シンは本当に幸せ者だわ」