No.6

□cynic
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はぁはぁ

はぁはぁ


荒げた息は耳に届かない。雨音に消されるのみ。道路に落ちた水滴は、まるでそこが土であるかのように易々と吸い取られていく。しかし無論この完璧な理想街のこと、道路は土などでなく、かといってコンクリートという無粋な物でもなく、市の科学者達が作り出した技術の結晶。湿度どころか温度や不快指数さえも自在に変化させる事の出来る特殊スポンジ。公には公開されていないようだが、兎に角。


はぁはぁ

はぁはぁ


荒げた息は耳に届かない。心臓の鼓動にかき消されるのみ。
まぁ随分な物を作ったもんだ。心から敬意を送るぜ、ディア、No.6。ネズミは自らの頭を雨垂れが叩くのも気にせず歩く。目的など無い。希望も無い、そんな物、勿論。

だから考える。益体無い事をひたすらに。でなければ倒れてしまう事が分かりきっている。
つまりこの道路で市民の気分は操り放題。天候ってのは意外と気分に影響する。要するに、政府への市民の反感を押し留めている訳だ。あらま、随分と念入りな事で。ストップザ、レボリューションズ?ははん、グレイト。


―……嗚呼。


駄目だ、駄目だ駄目だ。
なんて無駄な戯言。戯れた考え。

はぁはぁ

はぁはぁ


荒げた息は耳に届かない。思考が聴力を麻痺させているのだろうか。頭に酸素がいっていない事が分かる。指は既に冷え切っている。脚?そんな立派な物あったか?俺にはもう感覚さえありませんが、それがどうかしましたか?ひやりと濡れた、服という名のボロ布は、ただ体に張り付き体温を奪うた。そして何より肩の傷。血はもう乾いているのだろうか。だらりと垂れ下がった腕を持ち上げる気力など皆無。故に確認する方法など絶無。

体力?そりゃ何処の国の言葉なんだ誰か俺に教えてくれよ。遠い遠い街の、新しいオ遊ビか何かですか?細い棒ででかい球を打って人間が走り回る?ローカルルールで最終回だけ尻尾の使用を許可する?最近人気は低迷してる、随分と?

足を止めた。

もう一歩だって動けはしない。肩の傷は完璧に俺の命をえぐり出すだろう。goodbyeさようなら、悔しいが力量不足を認めよう。だが決して地に跪き寝転び逝くことはしない。何があろうとも。No.6などに、ひれ伏しは、しない。

立ち尽くす。雨の中で。しかしそれは余りにも間抜けな光景じゃないか。屋根どころか葉一枚無いこの状況で、何が俺を囲うというのか。何とも良い面の皮。
ぐるりと周囲を見渡す。光が宿っている家は一軒しか見当たらない。窓はセキュリティーががっつりとガード。そうですかそうですか、エリート様は今日も早寝早起きで健康を維持。素晴らしい!
「……は、」
意識が途切れかけているのが分かる。もう本格的に。
嫌だ。
畜生。
誰か。誰でもいい。頼む。
肩の痛みはもはや麻痺。指の痛みは既に麻痺。体の痛みは多分麻痺。脳の痛みはきっと麻痺。足の痛みは無論麻痺。

感覚がありません。
あるとしたらこれが死か。
だとしたらそれはずいぶんあっさりとしたもので―……







窓のカーテンが開いた




窓が開いた





頭を



救済の文字がよぎる





誰かの叫びが、聞こえた








………………


食事。温かいクリームシチューにチェリーパイ。場所。完璧に管理された居心地の良い部屋。これがNo.6の支配制度ですかそうですか、………でも、まぁ、ね、うん、頭で分かっていても時と場合によってはそんなもの役に立たない時だってあるんだよ。
従って俺はそれらを与えられるままに吸収した。先ほど縫い合わされた肩を庇うようにするのは大変だったが、しかし、それにしたって素晴らしい!
感謝するぜNo.6!あんたらの化学、いやこの場合は科学技術によって俺は命を取り留めた訳だ。いやはや、何とも、皮肉な話じゃないか!

はは、とにやけていると、何を勘違いしたのか目の前に座っている少年が話かけてきた。
「おいしい?よね、僕も好きなんだ。母さんの料理」
「うまい」
「でしょ」
俺は何とはなしに答えた。嘘でも何でもなく。それに対しふふ、と何と言ったか――シオン、そうだ紫苑、紫苑は嬉しくてたまらないというように笑った。

思わず面食らう。

見ず知らずの侵入者に純粋に無垢にただ単に嬉しくて笑いをこぼすのか、こいつは?

ともすれば何か裏があるのかと勘ぐるようなそれは新鮮と共にどこか安堵した、けれどやはり疑問を浮かべざるを得ない微笑み。
その笑顔がNo.6での挨拶では無いことを俺は知っている。これが通常この市の市民達の態度だとしたら、俺は今頃鼻歌を歌いながらピザを食べつつオペラを見ていたはずだ。いや、我ながら訳の分からない比喩だが。
ちらりと少年を見やる。呑気に外の嵐を眺めているようだった。その顔からは全くに無邪気な笑顔。いくら何でもこいつは無防備すぎやしないか?それともただ馬鹿なだけなのか?



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