No.6

□弱音など塵ほども吐かない人でした。それを憎く思いこそすれ好ましく思うことなど出来ませんでした。
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弱音など塵ほども吐かない人でした。それを憎く思いこそすれ好ましく思うことなど出来ませんでした。





静かな夜。閑散とした部屋、まるで人類など存在さえしないかのような。空間には音がない。それは決して夜だからなどという理由でもない。
ネズミは食卓についていた。簡素な夕食、そう呼べる程の物でもないけれど。しかして制作者はそこにはいない。どうやら一人で食事をとりネズミを待つことなく寝室へ向かったらしい。
別に腹は立たない。
乾いた思考はアドバンテージにさえなる。そう思い彼はパンを口に運ぶ。相変わらずひどい硬さ。下らない考えはそこで終え、彼は食べる事に専念する。
暫くそうして時間が経った。既に食事は済んでいるが、だとしたら俺は何故ここに座っている?特にこのような場合?
普段の彼ならば既にシャワーを浴び、夜の仕事に出掛けるか眠るかしている。しかし一向にそのような感情が起きない。
今彼に感情があるとしたら。その名と原因は。
―……
ふと彼は自分が先程からずっと寝具の方を向いている事に気がついた。寝具というより、紫苑の方なのだろうか。
特に意識はしていなかったが、しかしやはりそうなのだろう。嗚呼、何ということ。彼は胸の内で毒づく。無意識に。
「――はん」
投げやりに呟き、そうして思い出す、紫苑に対し考えていたことを。それから彼は薄い唇を皮肉気に歪めた。ああそうだ、と。
奴が西ブロックに来てからまだ日は浅い。此処のルールに慣れることはまだ、彼にとっては酷なはずだ。
なのに。
なのに何故。

なのに何故彼は泣かないのだろう。

ネズミが一番不思議に思っていた点はそこだった。いや、不思議というよりも既にそれは腹立たしさ。
何故彼は泣かないのだろう。何故彼は弱音を吐かないのだろう?No.6、あのNo.6の元エリートぼっちゃんが?一端のプライドでもあるなら話は別だが、しかしあの天然がそんな物を持つとでも?
こんな酷い場所、生きていくには余りに辛い場所で、彼は何故弱さを見せない、辛さなどそれこそ気が遠くなる程あるのに関わらず。
ならば、とネズミは考えた。
つまりそれは俺に見せたくないという意志の現れ――んだと?
「ふざけんな」
ネズミは憤慨した。
ふざけんな、てめぇを壁の向こうから引っ張ってきたのは俺だ。一緒に住んでるのも俺だ。お前が唯一信頼できんのは俺だけだろう。
なのに何で弱さを見せない―――…………ふん。
馬鹿みてぇだ。
呟く。彼にではなく自分に。
こんな益体の無い事を考えるなんて、一体あいつの何がそんなに特別なんだか。下らない。余りにも。
紫苑の事ばかり考えていたことに気付いた彼は何だか急に腹立たしくなる。故になのか、投げやりに立ち上がりまっすぐベッドに向かった。





紫苑はちょうど壁側に体を向けていた。ならばとネズミは部屋側に体を向かう。ガキのような意地だが、しかしそれが故譲りはしなかった。
ベッドはひやりと体を包む。しかし自分の背中側にある体温は確かに暖かい。
彼はふと思い付く。確かにこいつは天然だが、それでも体は健康、いや健全な男だ、やはり精子は毎日作られるのだろう。だとしたら抜かなければ体に毒だ。彼は此処に来てからの処理を行えているのだろうか。
毎日一緒に寝ているのは俺だ。そんなのは俺が一番知っていていいはずだが、しかし紫苑はそんな素振りは見せない。この俺がそう感じているのだから、まぁ少なくともベッドではしていない訳だ……
は。
つい下卑た考えを起こし、それも下らないと思い成し、彼は目を瞑った。
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