No.6

□僕は君を求めてた。
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僕は君を求めてた。




良く晴れた。太陽はこれでもかとばかりに全力で笑う。地上の人間を全員焼き殺すつもりなのだろうか。だとしたら天も随分趣味が悪い、そんな酷い思想を持つ物を創ってしまっただなんて。
(暑いかもしれないな)
これから行く場の事を思い憂う。劇場は決して広くない。観覧しに来るオヤジたちの熱気は不快指数どれくらいの物だろうか。考えたくもない。それに劇場までの道のり。いくら服を着ていてもやはり紫外線は強敵だ。毎回毎回、皮膚を思う存分いたぶる。
「サドめ」
そんなに痛みを与えたいかね、そう呟き立ち上がる。読みかけの本はベッドに放り彼は渋々支度をした。
行ってくる。
などという言葉は一切発せず。






「―……朝に北海に遊び、暮には蒼梧」
(くそ、暑い。汗で化粧落ちるだろ)

「袖裏の青蛇、胆気粗なり」
(しかも臭いもひどい。おい、おっさん達、体洗ってんのか?)

「三たび嶽陽に入れども、人識らず」
(暑い。暑い。畜生不快だ)

「朗吟して、飛過する洞庭湖……―」
(暑い)

舞台の上で仙人は謳う。内心など微塵も見せず。そして余りに見目麗しいそれは決して老人の扮装などしない。自らの美貌と観客を打ち震えさせる声帯を持ってして自分を彩る。彼は竹を脇に抱え空を飛んだ。舞台は暗転。大道具など無いためそのまま明転、山の上に。



「――……、桃の花が一面に咲いているだろう。」
台詞を言い切り艶やかに笑う彼。共演した役者さえもその美しさに一瞬喰われ我を忘れた。慌てて演技し補うが、しかし客は其れさえ見ていない。
直後幕が降りる。割れんばかりの喝采。 劇は終わったが気は緩めない。カーテンコールは始まってさえいないのだから。
仙人はまた笑顔を作り上げ、見事最後まで客を騙しきった。
(暑い。早く拍手止めなよ、おっさん。俺は)
「早く家に帰りたいんだ」









「おかえり。遅かったね」
家に帰りドアを開け直後にこの笑顔。嗚呼癒される。臭いも暑さも湿気も痛みも疲れもすべて星の裏側へGood bye!もうこの期に及び悪あがき否定などしない。素直に認めようじゃないか。俺はこいつで潤される。
夜には俺が潤してやるんだけど、と下卑た考えをおこしかけにやける。しかし不審に思われそうだったのですぐに止め、家主は質問に答えた。
「カーテンコールが長かったんだよ。おっさん達も暇だよな」
お陰で顔の筋肉が痛い。笑顔作りすぎた。そう言うと、訝しがっていた居候は納得したように笑った。勿論自分とは違う、当たり前だが、役者は思う。純粋に笑う。にこやかに笑う。こちらの気分が悪くなる程に。こいつに演技は一番似合わないんだろう。嘘が苦手なら作り笑いも苦手。あぁ!何て純粋な潤い。
穢れていると思い込んでいる彼が満たされている間にまた彼は言葉を紡いだ。そうか、と。
「カーテンコールが長かった、なら。それはきっと君の演技が素晴らしかったからだよ。お客さんは感動して、だから拍手が鳴り止まない」
素晴らしい事だよ。
読みかけの本をまた読み出したらしく、声はそこで途切れる。
ああそうですかそうですね。まあ俺の演技が素晴らしいのは当たり前だけどな。言いつつも顔のにやけを抑えるのに必死になる。しかしこんな努力程快感な物は無いだろう。誰に言われようと何と言われようと何度言われようと。結局のところ響くのはこいつの言葉のみ。舌と言葉足らずの奴の言葉のみ。
嬉しいなど。何て下らない無用な素晴らしき感情。そんな感情俺には要らない。役者に必要なのは感情でなく無感動。此処で生きていくのに要りようなのは関心でなく無関心。
だがそれならこんな感情何と呼べばいいんだハニー?
ああもしかしたらこれは幸せ
彼は笑う。彼も笑う。今度こそ過程無用の笑顔。

だからこそお前が必要。
もう何処にも行くんじゃない。
お前は俺に求められてりゃそれでいい。
ねぇ陛下。
さぁえ。







end……………………………………………………

珍しくほのぼの?です。
決して名前は出さない。

今までに無い色んな書き方してみました。
因みに劇は御存知芥川龍之介作『杜子春』です。そのまま引用。

白の所の中身知りたい場合は、知りたい人だけ反転して下さい。

反省。
以上!

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